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ふっ、信じる者にしかw
2014年06月24日 (火) | 編集 |
メディアや選手がコロンビア戦で勝利し16強入りは信じる者にしか訪れない的な発言をしている。

個人的には笑ってしまう。

おいらとしては試合をする以上 負けるつもりで試合をする なんてことは全く考えていない。
それでも批判するのは まず自力で上がれるシーンを彼らが作りそこなったこと、加えてその内容に不満があるからだ。

批判している人間が勝利を願っていないわけではないのだ。


いや、個人的には正直に言えば 勝利を願っていないかもしれない。
なぜなら、彼らの戦いにおいてこれまでに何度も多くの人が警鐘を鳴らしたにもかかわらず 何も変わらなかった結果が今現れていると考えれば負けるだろうという気持ちがあるからね。

コメントなどで書かれている中にあるものには 彼らが良く使う自分たちの という言葉に彼らの勘違いを少なくない人が感じている。
一部の選手の中に自分たちが常に選ばれるという気持ちがあり代表を自分たちのものと勘違いしている人がいるように感じる人がいるという事だと思う。
彼らも選手なわけだから選ばれた代表が自分たちの代表であると言えるわけだから 間違いではない部分は存在するのも確かだ。
しかしそこで作られるサッカーの戦術なりシステムが果たして日本代表に相応しいかは別の話だろう。

少なくても代表を見てきてシステムが変わったのも事実だと思う。
ザッケローニは最初に行ってきたのがワイドに攻めるというものだったはずなのだ。
サイドの選手はワイドに構える形だったはずが選手がパスを繋ぎにくいなどのために選手の距離を知事める形に変わっている。そもそもは細かいパスをつなぐという形を考えていなかったのだろうザッケローニを選手側が変えたと言えるだろう。

失点が続いた際にも同様なことが起こっていたとおいらは思う。
それはスタイルの変更をメディアが口にした際に出てきた言葉がそれだ。
自分たちの攻撃的なサッカーを続けるという言葉である。その時に出てきたのが2010年のドン引きサッカーのたとえしかないことが頭の悪さの表れだろう。
失点覚悟の攻撃かドン引きしか頭に浮かばないことが理由だろう。

攻撃的な中でも失点のリスクを減らす努力をするとか 守備的でありながらもやみくもにクリアをせずにパスをつなぐサッカーということが頭のどこにもないのだ。

その結果が本番になって負けていれば放り込みを行うなど 否定してきたことをいまさら正当化していることでよ~くわかる。
リーダー扱いされている男がいくつか面白いことを言っている。
失点は覚悟しているがそれ以上に点を取って勝つと言いながらワールドカップで先制点が重要 と念押ししていたと思う。
おかしな話だろう?これって早く点を取ることが大事ともとれるが先に失点をしないことを指している言葉でもある。

元々の言葉には失点をしてもそれ以上にとるのだから先制点の重要性など関係がなさそうなものだが 本番を前に弱気になったとしか思えない言葉だ。

上でも書いたが、放り込みをずっと否定しハーフナーを入れても放り込みをしなかったわけで それは練習さえもしなかったことにつながり本番で練習をしていない放り込みを肯定するなら練習もやれよという話である。
指揮官はそういうメッセージを過去に何度も出してきていたわけで 自分たちでそれを否定したものだという事を思い出してほしい。
そこまでしなくても勝てるという判断をしていたとするなら想定が甘かったわけだから擁護する必要もないだろう。
元々何が何でも勝つというつもりならそこまで練習をするべきなのだが 彼らにはそこまでいかずともという油断が初めからあったのだろう。結果的に練習をしないまま それでも追い付きたい、勝ちたいという気持ちから放り込みもやる という事になったのだろうが練習もしていないのでうまくいくはずもない。

おいらがこういう話題を取り上げた理由はと言えば、今の及んでメディアや彼らが言うここまで来たら黙って応援しようとか信じない者にいい結果は出ないとか言うのは正直見当はずれな言葉だと思うからだ。

おいらが最初に書いたように勝ってほしい思いと負けてほしい思いがあるのは自然なことだと考えている。
それは日本の代表には勝ってほしいという思いを持ちながら 彼らがやっているサッカーが良いとは思えず彼らのサッカーには負けてほしいという思いがあるからだ。
性格に書けば彼らのサッカーが負けてほしいというわけではなく 彼らのサッカーがうまくいけば面白いが 波が大きく勝てないだろうとと思っているのだ。
彼らの良い麺だけが出れば勝てるチャンスはあるとは思うのだが、初戦の先発メンバーをいじったところから彼らが普段通りではないことに気づき勝てないだろうと予感させたのだ。
結果は消極的な姿勢そのままに負けたわけだし積極性を出した2戦目も 積極的な姿勢はでたものの結局は其れもやってきたこととは違っておりその錬度のままに点に結びつかなかった。
今までやってきたことを変えれば錬度が下がるのは当たり前のことだ。
代わってでた大迫や大久保の積極性は認めるが彼らを使ったシステムなど練習が全く足りていない。
出来の悪かった香川を変えたが本田は出来が悪くても使い続けたわけで そういう流れが今の代表を作ってきたと思えばこれまで香川と本田でやってきたことを本番で変えてもいい結果が出ることはほとんどないと思う。
そういう練習しかやってきていないのだから。。。

大久保など好調な選手をずっと代表に呼ぶべきと言い続けてきたのだが 本番まで呼ばなかったツケが今になって出てきていると言えるだろう。
本田はアジア勢の問題をスピードと言ったが、そんなことはずっと言ってきたことなはずだ。
それでも変えなかったのが彼らだろう。
本番になってスペインが負けカウンターを使う国が好成績を上げていることにやっと気が付いたのだろうが遅すぎる。
また、今になってもタメが大事などというファンがいるのだからどうしようもない。
失点してもそれ以上に点を取ると言っていたのに一人少ないギリシャ相手に点が取れないのがやっとわかったのだろう。
引いてしまえばアルゼンチンでさえイラン相手にやっとの思いで1点取れただけなのが攻撃的サッカーの現実なのだ。
そして反面ではカウンターだとアルゼンチン相手にイランでさえ大きなチャンスを何度も作ったのが現実なのだよ。
スペインはオランダに大量失点をしチリにも敗れた。

何度でも書くがおいらは日本代表には勝ってもらいたい。
しかし今の代表が自分たちのサッカーというものに拘るなら それを是としていないおいらは負けるべきだとおもうのは自然なことだと思うし現実的に勝てないと思うだけである。

日本人の特徴はその勤勉性と技術、組織力にあると思っていて、やれ攻撃陣、守備陣などと常に口にしている今の代表を応援する気にはなれないのだ。
今の時代、全員が攻撃し守るのが当たり前で 国内組だとか海外組だとかいう壁や攻撃陣、守備陣などという分け隔ては
日本が一体でない証に思えてならないのだ。
そんな今の代表をおいらは好きにはなれない。
前からの早いプレスで相手を脅かし良く走るサッカーってのがおいらの理想とする日本のサッカーであり 今のような分厚いが遅い攻撃なんてのは決して望んでいない。
サッカーってのは速攻で相手の守備が整う前にシュートまでいくのが得点への近道だとおいらは思っている。
コンパクトを意識しすぎて速攻への意欲を無くしている今の代表を好きになれと言っても無理な話である。
応援するふぇんはと言えば誰かさんが個の力などと強調したために個人批判にばかり向いていていつだって戦犯探しをしているのが当たり前のようになっている。
失点をする理由など決してひとつではない。
どこかに失点に大きくかかわる大きなミスのようなものはあるのかもしれないが そこに至るまでの小さなミスだって実際には大きな原因なのだと知るべきだ。
そのミスさえなけらば大きなミスは起こらなかったと考えるべきだと思う。
日本ってのはこれまでは小さなミスをほかの誰かがカバーすることでやってきたチームだと思う。
個人のするべきことをやれば 例え失点をしてもそれは別の人のミスのせいなどというのは日本人のメンタルには向いていないのだとおいらは思う。

今大会の代表を見てよくわかるのが 調子のいい選手の重要性だろう。
最後の最後に選ばれた大久保が強化試合で雰囲気を変え決勝点を入れたように本番でもその積極性は目立っているわけだが、ザッケローニはJを軽視して海外組に拘り呼ばなかったツケが今のなって大きく影響しているとおいらは思う。
頼みの綱だった本田や香川が碌に試合で使われなかったことでリズムが悪くなったのなら その代りの戦う方法を全く用意できなかったザッケローニの責任ってのは大きいと思う。

とはいえ、ザッケローニも自分がやりたいようにできないという面があったのではないか?という同情の余地はあるんじゃないかという思いを最近は少し感じている。
なにせオリンピック代表をボロボロにした選手が中心選手として存在したわけだからね。
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