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攻撃的と守備的
2014年06月09日 (月) | 編集 |
攻撃的と守備的の考え方。

そこまで言って委員会で かの釜本邦茂は日本は守備的に言ってカウンターを狙うべきだと言っていた。
ついでに本田のポジションはトップの位置がいいとも。。。

おいらも基本的にこの考えは正しいと思っている。
どうも多くの人が勘違いをしているように思うんだが守備的っていう言葉に騙されているような気がするんだよね。

いま日本人で守備的というと2010年の戦い方を想像する人が多いように思うんだよね。
一方で守備的というとかつてのイタリアを思い出す人も少なくないだろう。
果たして同じものだろか?

2010年の日本代表は基本的に引いて守ったわけだし責められた際にタッチに蹴りだすとかとりあえず大きくクリアするという事が多かった。
どうやらその悪いイメージを引きずっているのだろう。
しかし忘れてはいけないのがそんな中でもクリアせずにボールをつなぐシーンがいくらかあっただろう。
そしてFKで得点をしたり、何とかつないだボールでチャンスを作ったことも忘れてはいけないと思う。

そしてイタリアの守備的なサッカーを考えてみよう。
イタリアと言えば鉄壁な守備のカテナチオが有名だがはたしてイタリアの守備的ってものがどういうものか今更語る必要もないと思うんだが一応書いてみる。
失点をしないために守備を固めるという部分ではまさにそのままだがイタリアの場合を見てみると 奪ったボールを単にクリアするのではなくつなぎ攻めることまで含めてイタリアのサッカーだろう。
失点をしないことで守備的と言われているが実際はそのテクニックなどから決して守備的ではないとおいらは思っている。
イタリアってのは本当に不思議で絶好調のドイツやブラジルでさえ点を取るのが難しい相手になるのだが そういう相手に対してでさえ奪ったボールをつなぐ技術があるチームだ。
実際に選手を見れば優秀な選手が沢山いる。
攻撃的な選手も優秀でトッティやピルロ、少し前ならバッジョなどもいる。
考えてみればすぐにわかることだが、ワールドカップで複数回勝ち常に優勝候補になる続けてきたのは守備だけでなく得点力があることが理由だろう。

2010年にああいう戦いしかできなかった日本が今同じように守備的になったとしてやるべきサッカーってのはイタリアのようなつなぐサッカーってのを目指せばいいんpではないかという気持ちがあるのだ。

もう一つの例がやはりバルサなんだが、バルサのサッカーは攻撃的な代表のように言われるんだがはたして本当にそうなんだろうか?
おいらは違うと思っている。
その一つの結果があのサッカーを否定する人たちの存在が物語っていると思うんだね。
バルサのサッカーってのは相手陣地でボールをキープすることで失点のリスクを極力減らすサッカーってのが正しい見方だろう。したがってキープ時間のw理に圧倒的にシュートが少ないことでわかるだろう。
バルサは相手陣地でボールをキープすることで失点しないサッカーをしているということはある意味攻撃的に見えて実はディフェンシブに戦っているともいえるだろう。
ただし、間違ってはいけないのが日本と同様に奪われ方が悪ければカウンターのリスクを受けるってことだね。
したがって奪われた時の守備に映る速さが求められるわけだ。
その点では日本よりもバルサはその隊おいができているからこそ勝ち続けているのだろう。

ちなみにバルサのサッカーでおいらが考える大事なことってのはシュートを打つことよりもまずは相手のボールを奪われないようにすることだと思う。
そのためにシュートが少ないのだろう。
同じことをしているようで日本はシュートチャンスをうかがう攻撃的なサッカー?でありバルサは相手陣地で行う守備的サッカーに思えるんだよね。
結果として日本はカウンターを多く受け苦戦をしている。
一方のバルサはシュートが打てなくてもボールを戻してつなげることが大事なんじゃないかな。
もう一つ言えることはキープしてシュートチャンスに結びつけるにせよ、その際に人数をかけすぎることをしないサッカーをしているように思う。

得点を多くすることを目的とするなら今のように日本がパスをつなぐサッカーよりもカウンターとまではいわずとも相手の守備が整う前にシュートまでいくことを考えた方が適切だろう。
圧倒的に人数をかけシュートに行くなんてのはある意味ナンセンスな発想だとおいらは思う。
点を取りに行く=ゴールが見えたらシュートに行くという姿勢が必要だが日本は決してそういう攻撃は得意ではない。

このように考えていけば攻撃的な守備という考え方や守備的な攻撃方法なんて言う考え方もできるわけで 黒か白か的な発想がいかに意味のない話か分かると思う。

攻撃的にいくのか守備的にいくのかなどと言う議論を代表もしたというが 果たしてこういった考えまでしていただろうかと疑わざるを得ないと思う。
少なくても日本人の多くがどうやら黒か白か的な見方をしてしまうことがいけないように思えてならないね。
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