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冬のオリンピックの特徴かな
2014年02月10日 (月) | 編集 |
いやぁ、モーグルをはじめ冬のオリンピックってのはどうにも不可思議な結果が出る模様。

個人的にはある意味仕方がないと思っている。

その理由が、競技になるものの少なくないものがアメリカのXゲームなどでの人気に支えられていると思われる点にある。
おいらはそれをしっかり見ていないから推測でしかないんだが、アメリカ人らしく雰囲気に飲まれた採点が普通に行われているのだろうと思うんだな。
それは実力者は失敗しても実力者の評価を受けるし、観客が盛り上がれば採点も沸騰しちゃうってことなんだろうと思う。

今回は上村の採点で意見が出ているが、こんなものはスノーボードが採用された時点から常に起こっているだろう。

個人的に言わせてもらえばモーグルなどは里谷が勝てたこと自体からどちらかといえばまだ日本人も優遇されている方だと思うのだ。
スノーボードで角野選手が決勝にいったことに日本人の八百長などという人がいるみたいだが、たまたまオイラも準決勝をみていたわけで角野選手が4位と崖っぷちになった際に日本の審判がその後にやって選手に角野選手の点以上の天をつけていたのを見てしまったわけで。
角の選手が84点台なのに86点とかつけてるんだぜ?
まぁほかの審判が低い点をつけていたので結果的に角野選手が決勝にいけたわけだが。

そう考えると、上村の場合 最後に滑ったカーリー選手につけたアメリカの審判の点が高かったことなどを考えると日本の審判ってのはある意味公平、逆に言えば日本選手サゲがあるようで馬鹿かとw。

まぁ一応採点競技には最も高い点と低い点がカットされるシステムがるわけで公平性を歌ってはいるのだが。

少し戻すがXゲームなどが競技採用の要素になるってことは ある意味ではXゲーム的な採点基準も同様に入ってくる可能性があるとオイラは思っている。
実力者には失敗してもレジェンド採点がされるということだろう。
ついでに観客の雰囲気も採点の要素になるとも言えるわけで地元の選手や応援団が多い国の選手にhやっぱり有利になるってことだな。

なにかのコメントでいまどきまだオリンピックが公正な審判のもとに行われていると思ってんの?ってのがあったが、まさにそういうことだと思う。
日本人にとっては確かにそういうふうに見えるわけだが、ある意味Xゲームの国アメリカなどでは普通にこれが公平な判断の基準なのかもしれないってことだな。
本来日本人にはオリンピックはその場できそうゲームなわけだが、人によってはそれまでの実績も含めたものに感じてしまうのだろうね。

おいらはあのモーグルの結果は上村が決勝で最初に滑ったこととカーリーが最後に滑ったという点が全てだと思っている。
上村が最初に滑ったためにその後に滑った二人は上村基準で点が付き低く抑えられてしまったわけで、その後にカナダの二人が滑ったことでカーリーはカナダの選手基準で天が付けられたということなのだろう。
もし仮にカーリーが上村の直後に滑っていたらあの点は出なかっただろうと思っている。

予選の際にもカーリーは失敗していたがあの時でさえ上村よりも高い点がついていたことも忘れてはいけない。


まぁ採点種目ってのはこういうものなのだろう。
上でも書いたわけだが採点の基準ってのがある選手の点だとかんがえれば上村の後に滑って選手が上村基準であり、カーリーはカナダの選手が基準になってしまったのgあの結果になったのだろうと思う。
上村の決勝の滑りが良かった割に点が低いと思った人は少なくないだろう。
同時に上村を上回った選手の点との開きが大きかった結果がカーリーの天が伸びた理由だとも言えると思うね。

おいらは過去のハーフパイプの点が日本選手が低く抑えられている頃に採点競技は見限っている。
オリンピックはあくまで祭典でしかないのだ・・と。
ワールドカップなどでは日本選手は活躍できるがオリンピックでは厳しいのだ。

なぜなら採点をする審判が観客の声に左右されるからだな。
それが欧米では当たり前に捉えられているのだろう。
思い起こせば里谷が勝ったのは長野だった。観客の多くが日本人だったわけだ。


オリンピックは持ち回りとは言え基本的に欧米で行われることがほとんどだろう。(冬は特に)
結果的に欧米が有利な採点になるのはある意味仕方がないのだ。

理性的に考えれば競技の内容が採点されるべきなのだが、実情が観客の雰囲気に流されるわけだからね。
まぁそれがオリンピックの現状だといえるだろうね。
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