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こんなもんだろ、乙武問題
2013年05月27日 (月) | 編集 |
まだ続いていますね。

おいらがこの事件?でわかったことはこの事件でメディアというものがどういうものかということと 乙武氏の日常的な腹黒さかなw。

腹黒さという内容については2チャンネルに書かれている内容で彼がどういう態度で人に接しているかをいくつも教えてもらったからね。
どうせ彼と会う事もないだろうし知ったということだけが残るだけのこと。

メディアに関しては判り切っていたことが現実になったというだけのことだな。
わかりやすく言えば障害者+乙武氏の知名度があるので 基本的には乙武氏側に寄り添った意見を書いているという事だな。まぁ触れないようにするケースが多いってのもある意味わかりやすい。
フジデモやスポンサー企業へのデモがNGワードのような対応になることと同様に触らぬ神に祟りなしを通しているように思う。
もし、何かの番組で乙武氏が批判されるようなことがあってもおそらくは下司と個人の意見ぐらいにしか扱わないだろう。
バリアフリーを求めていくことには多くの人間が賛同しているだろう。
しかし、そのにはすべてにそれを求めるのではなく難しい状況にはそれを免除する心遣いを忘れてはいけないと思う。

車いすユーザーの方がツイートしていた話があるが、ユーザーは基本的に多くのことで人の世話にならなければならないことを忘れてはいけないと思うし 普通に忘れないし感謝する気持ちも無くさないと思うのだ。

だから乙武氏が予約で伝えなかったことは気遣いができなかったという事だと思う。
それだけならここまで炎上しなかったと思う。
彼の行為で非常に理解できないのが店名を上げたツイートを削除しないことだね。

ネットでは乙武氏など当事者が登場しない中、乙武信者はいまでもたった二名で運営する店が対応しなかったことを批判している。だから今でも炎上が止まらないのだが、乙武氏はそれを止めることもないようだ。

よくメディアが取り上げる市民団体などが一部だけ正論をモットーにしているのだが まるで乙武信者も同じように見える。
障害者のために住みやすい世界などということがモットーなら 対応が難しい店を対象にして健常者の障害者への対応を気難しいものにするのではなく難しいものは仕方がないと認めることも大事なのではないかと思う。
障害者が人の手伝ってもらうことが必要であるならば全くのフリーという事を望まないという考えも必要だと思う。
わかりやすく言えば問題の店が70代の老夫婦がやっていたらこういう問題になったかどうか?を考えてみればいい。
バリアフリーを勧めたい考えは日本にもあるが、法律などで義務などとされる店ってのは公共性が高いものや広いテンポなどしか対象になっていないだろう。
なぜそういう形になるかを考えることも必要だと思う。

まぁ個人的には和解したといいつつツイートを消さない姿勢だけで十分悪意を感じるけどね。
おいらの目には彼は非常にプライドが高く本当の意味で謝ることが嫌いなように見える。
表面的には非を認め謝っているが 一向にツイートを消さないところにその思いが透けて見えるのだ。
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