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独り言かな・・
2013年05月04日 (土) | 編集 |
最近、漫画家の所十三氏のブログを毎日見ています。(しかも一日に何回もw)

きっかけは知る人ぞ知るですが、所氏の穏やかな文面に癒されコメントに丁寧に返事を書いていらっしゃる部分に氏の人柄を見ているおいらです。

そんななか本文とは違った部分で憲法改正問題についての部分を見つけてしまいました。
おそらくはおいらがやっていないツイートの欄なんだろうと思うのですが。。。

そこで所先生が護憲デモに初参加と書かれていましたのですこしだけショックを受けました。
おいらは改憲派といえると思いますので意見の地祇を発見したわけですからね。

まぁこういう部分で人を判断する気は毛頭ないので所氏への尊敬は変わることはありません。
だって、おいらはツイートをしないので一部分だけを見てすべて化のように判断することなどできないし、たとえこの件で意見が違ったとして所先生の人柄が変わるわけでもないでしょう。

護憲派の人が大騒ぎをしているようなのですが、個人的には改憲についてもう少し冷静に見てほしいと思っています。
おいらは改憲派とかいてはいますが、結局のところ最終判断は国民全体で決めるものと割り切った部分を持っています。
一部の政治家や護憲派の方々が言っているように憲法96条の変更であたかも戦争gできる国になるというような考えには異論を持っているのです。
96条の改正にはまず国会の承認が三分の二から半分に変えるのが最初の目標になっていますが、実際にはこの条項を変えるだけでまず国会で三分の二をとりそのうえで国民投票で三分の二を取ることが必要だということを理解する必要がありますよね。
護憲はの人はあたかも国会で三分の二で可決されれば簡単に改憲法案が通るかのような印象を与えるスピーチを繰りかえしておりますが、実際は違いますよね。
もう一つ付け加えれば、仮に国民投票になった場合でもさらに仮にですが改憲に至ったとすると直接投票で三分の二の国民の支持を得た案件をどう受け止めるというのでしょう?

仮にですが9条の見直しが決まったとしてですよ、三分の二以上の支持があったということに対し護憲派の方々は自分たちの主張が正しいと言い続けるのでしょうか?
それも今のままの主張でですね。

おいらは平和主義者だと思っているのですが改憲に賛成なんですね。
なぜかといえば今の日本の立場ってのは良い悪いはそれぞれの思いはあると思いますが、基本的に今までの事なかれ主義の結果だと考えるわけです。

ヨーロッパなどと違い、日本は恨を国是としているかの韓国や中国を隣国に持っているわけです。
日本が戦後60年余りをいくら平和に暮らそうと努力をしても悪露なしい日本をいいことに言いたい放題やりたい放題をされている状況です。
その中には一般的な国司法で許されることも日本はしないで大人しくしているからこそというものも少なくないと思うのです。
わかりやすい例の一つに、中国の漁船の領海侵犯に対し韓国が権利を行使した際に死者が出る事態があっても何事もありませんでしたよね。
同様の場合は日本では日本側にだけ厳しくメディアが取りざたす傾向があるのですよ。
おかしいと思いませんか?

護憲派の方々はすぐに戦争という言葉を持ち出しますが、WW2が終わってから日本ほど平和な国は存在しないんではないかと思うんですよね。
一つには憲法を盾に護憲派の人たちが重しになっていることは理由にあるでしょうが国会議員が国民の代表であるなら憲法改正が国民投票を経なければできないということにもう少し意味を見出すべきではないかと思いますね。
簡単に改憲ができるのなら逆に今の国会議員が国民の意思を反映していないと言えるのではないのでしょうかね。

もうひとつ考えてほしいのは、すぐに戦争という言葉を持ち出しますが 戦争なんてものは一国の立場だけでできるものではないと思うのです。
日本が国際法で認められている権利を行使してことに仮にですが中国や韓国が宣戦布告と見なして戦争行為に及ぶなどという事があるでしょうか?
韓国は原油などを日本に多くを依存している状況ですし国民感情の悪化はあるかもしれませんが、現実的に戦争に至るのは難しいでしょうし、中国にしたって中国だけで中国の今の成長を維持できるはずもありません。
外国が中国から手を引けば成長が止まり内乱へと発展する可能性は低くはないでしょう。

日本と手同様です。
資源がないことで世界大戦に発展した過去があるわけで戦争をするにはどの国だってリスクしかありえないのです。

改憲によって今以上の国際貢献や日本の国益を守ることが改憲派の目的であり戦争をすることが目的ではないのです。

それと、冷静になって考えてほしいのは護憲派というのは日本人としての立場であったり気持ちで考えすぎていないでしょうか?
戦争に至る行為には日本だけがその責任があるわけでもないと思うのですが、相手が日本人と同じように考えてくれれば百歩譲ってそういう考えもるかなぁと思うことができるかもしれませんが、そうではないという事をりきする必要を感じますね。

韓国は慰安婦問題を訴え続けていますが、戦後韓国自体も慰安婦を使っていたしベトナムの問題に対し彼らは決して触れません。都合が悪いことにふたをし都合のいいことだけを訴え続けています。
中国も同様でしょう。チベットなどの問題や西沙、南沙初頭の問題など多くの問題を独自解釈で片づけようとしていますよね。
こういった国と日本は協調していかなければいけないことをもう少し理解する必要があると思うのです。

これはあくまでおいらの個人的な意見ですが、国民投票で出る結果となれば少し意味合いが違ってくるでしょう。護憲派の方々の言い分も改憲派言い分も同様に吟味され結論がでるわけですよ。
ところが、現状では国会の三分の二によって国民の声を代弁する国会議員によってしか語られないわけですよ。国民投票こそ実際の国民の声を聴くチャンスなのではないかという考え方にはならないでしょうか?

少なくても憲法改正について語られる際に、戦争という言葉を持ちだすのは護憲派以外にはありえにと思いますよ。改憲派が戦争をしたいなどという考えは護憲派が作り出すイメージ戦略でしかありえないもの。。。

少なくても改憲派だって戦争により失うものの大きさは自覚しているということは考えの中に入れてほしいと思いますね。

もう一つは尖閣諸島などの問題で火種になる尖閣などあげてしまえという流れができるようならっそれは論外(自分に痛みがないからと逃げる行為など論外でしょう)だし、じゃあどうするという代案もなしにただただ反対も論外だと思いますね。

憲法記念日でこういうにゅーすがあったわけですが、現実を考えることを忘れるべきではないと思いますよ。
少なくても憲法学者や政治家が国会の過半数で改憲が簡単にできてしまうなどというのは嘘にすぎないということは理解するべきでしょう。
改正案が通りやすくなるという事はあっても最終的に国民の判断の壁は何も変わらないのですから。
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