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捕鯨の話で
2013年04月04日 (木) | 編集 |
翻訳スレッドで日本に来ている外国人教師が給食でクジラのカツ丼がでたって話から、広がっていた。

概ね最近は日本の立場を理解する意見も結構あるのに驚くね。

でも相変わらず批判的な話も多い。
その中には現状を理解せず海外で言われているのだろう絶滅の危機という言葉や家畜や養殖で生育される魚との違いを上げる人たちがあるんですよね。

日本人がこういった海外の反応に対して違和感を持つのが、自然界に生きている動物と家畜の命の違いについてのようですね。
日本人は概ね動物にせよ植物にせよ 生きているものの命をいただいて我々が生きているという観念がどこかにあるのでしょう。いただきますといってご飯を食べる。

海外などで言われる人間が調整するという話は納得できる面はあるが命をいただくという観点でいえば自然界で生きるものも家畜も同じ生き物でしかないのである。

ましてや日本が行っている捕鯨はIWCで認められているものに限定されている。
絶滅の危機にあるものを取っているわけではないことを批判する彼らは理解していないと思うのだ。
先日もいろいろと書いているんだが、日本が出している内容と違う調査結果を上げている人もいるがそういった人はどちらが正しいかを間違いなく判断できているかという確信があるのだろうか。
日本が嘘つきだからというのは極めて乱暴な意見だと思うからね。

まぁ何度も書くことだが捕鯨に反対する人を無理に変えようともおいらは思わない。
ただ、日本に文句をいわずに捕鯨を許可しているIWCを批判するべきだと思うね。
日本は批判されたからと言って方針は変えないだろうし、IWCが許可してくれれば捕鯨は続けることだろう。
IWCが認めないと言った場合にどうするかというのは別の問題だが。

誰かが書いていたが宗教によっては豚を食べることができなかったり牛がダメだったりしているのだが、そういった宗教の人たちが他人にそういったことを強要していないことも理解する必要があると思うという話。
クジラが絶滅に瀕しているという話は一部は正しく一部は違っていることも理解するべきだろう。

クジラは死ねば海の栄養になるという話をする人がいるが生きている間にどれだけ食べるかを知る必要もあると思うよね。
築地魚河岸三代目という漫画ではイワシの減少を扱った回で、人間が食べる量よりもクジラが食べる量が多いというものもあるようで増えすぎることでぎゃかく量に影響があり得ることも知っておくべきだと思う。
自然界の法則で餌が亡くなればそれを捕食する生物は減るのが当たり前だが、そういう理論の中には人間が食べることを前提にした話でもないと思うのだ。
仮にそれは人間の都合に過ぎないなどという人には人間がいることが自然界に一番悪いと思わないかと尋ねてみたいよね。
自然界も大事だが人間が考えるべきことってのは人間と自然界の共生を模索することであって自分には影響がないからと否定することではなかろう。。。。

まぁ知性のある人なら独りよがりにならずに会話で解決することはできるだろう。
クジラはおいらにとっては一年にわずかだけしか食べない影響の少ないものではあるが好きな人もいるわけで、日本が違法に取って食べているのなら文句も仕方がないが少なくても許可された範囲でとる分には問題がないはずである。
一部には実際に調査していないなどといって批判する人がいるが、それを日本に行っても意味がないことだろう。日本が悪いと思うのならIWCに文句を言うべきなのだ。違法性があるなら許可を取り消せば問題は起きないことだろう。彼らが違法だと言ってもIWCが違法性を見出し許可を取り消さなければそれは合法だということである。
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