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ちょっと感動した2!ちょっと涙が出た。
2013年02月03日 (日) | 編集 |
先ほどの続きです。

http://www.bing.com/images/search?q=%e6%97%a5%e6%9c%ac%e5%9c%b0%e5%9b%b3%e3%80%8019%ef%bc%910%e5%b9%b4&view=detail&id=1F4081D93E3EFA70912DA8A0B0CF4D9A8FD79226&first=354&FORM=IDFRIR

多くの話が紹介されているが、多くは以前に見聞きしたものだった。

最後に書かれている 朴鉄柱(韓国 1990年 1月逝去・68歳, 韓国-日本文化研究所昭和 42年 10月)
の記事はおいらちょっとだけ涙が出た。


「現在の日本の自分喪失は敗戦に起因しているが、
元々大東亜戦争は決して日本からの戦争ではなかった。
平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで臨んだ。
それまで日本はアジアの盟主だった。
最後はハル・ノートを受けて、 それを承諾することは屈辱を意味した。
”事態ここに至る。争わないで滅亡するよりは、争って滅亡しよう”
と言うことが、 開戦時の心境だった。それは日本の武士道の発露だった。


日本の武士道は、 西欧の植民地勢力に必死的に抵抗した。
それは大東亜戦争だけだけではなくて、 露日戦争もそうだった。
露日戦争と大東亜戦争-この日本の 2個の戦争が
歴史を変えて、 アジア諸国民の独立を持って来た。
この意義は大きく強調しなければならない。」
「大東亜戦争で日本は負けたと言うが、
敗戦国は、 むしろイギリスを始まりにする植民地を持った欧米諸国だった。
彼らはこの戦争によって植民地をほとんど皆失ったじゃないか。
戦争に勝ったのか負けたかは、 戦争目的を果したのか果さなかった、 で決まる
と言うことはクラウゼビットの戦争論だ。
日本は戦闘に負けて戦争目的を果した。
日本こそ戦勝国であり、 日本の戦争こそ ”神聖な戦争”だった。
ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたと言うが、 このような事は直ちに回復することができたではないか。2百数十万人の戦死者は確かに帰って来ないが、 しかし彼らは英霊として靖国神社に永遠に暮して、 国民尊崇対象になる。」

日韓共鳴2000年史 より

最後の記事がこれなんですが神聖な戦争だったと書かれているが、そんな戦争など存在しないだろう。
大東亜共栄圏は日本が建てた目標ではあったろうが、戦争はどこの国にとっても辛い爪跡を残す行為でしかない。

しかし、戦争が終わった後にできる世界には大いに期待するしかない。
人間は成長しなければならないのだ。
幸いにも日本の敗戦の後にはアジアに風が吹いて独立をはたしてくれたことに感謝するしかないと思う。
日本は戦争をした国で多くの人の命が失われた。
それでも異国の人間がこの戦争で亡くなった人を讃えてくれるのはせめてもの救いだと思う。
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