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おいらには桑田がピエロに見える。
2013年02月02日 (土) | 編集 |
ニュース記事で桑田が大阪市の教員に対し講演で体罰について語ったというのがあった。

前にも書いたように思うが、桑田やサッカーの中田などそもそも意識の高い人間には体罰など必要がないのだ。
桑田は自分の経験をもとに語っているようだが、それはあくまで桑田にとっての話でしかないことを彼はまったく気が付いていないのだろう。
皆が自分と同じだと考えているとすれば大間違いだ。

人の本質などサボろうとするものなのだ。
そうした人間を叱咤する意味で体罰にはそれなりの役割はある。
ヤンキースの黒田などもケツバットは思いでと語っているが、少なくないスポーツで実績のある人間が同様の意見を持っていることだろう。
それでも桑田は自分の経験をもとに体罰を批判はしている。
金村は桑田は若いころから有名でおそらく圧倒的に体罰を受けていないだろうと言っていた。
それでも桑田は持論を出すのだ。では、桑田は体罰を受けてプロになった選手などから意見を聞いたのだろうか?
そういう話が彼の口から聞こえてきたことはないだろう。
そのことに説得力を欠いていると思う。

加えていつもいうことだが、大勢いる感謝の声を上げる選手を桑田は説得できていないだろうことも付け加えておく。
おいらは体罰は容認派である。しかし、体罰には意見を持っていて桑田が言う指導される側が理解できないものは体罰とは言わないのだ。受ける側が理解しないものはただの殴られ損で暴力でしかない。
体罰と暴力は区別しろというのがおいらの考えだ。
そういう意味では桑田は体罰=暴力としかとらえていないとしか見えないのだ。
これでは説得は出来まい。
馬鹿な人間は説得できるがそれは世間の風潮を気にするからでしかない。
だから多数決では体罰は否定されるのだろう。それは体罰をよしとしている人間が決定できる立場にほとんどいないからだろう。
およそ決定権がある人間はどちらかといえば頭でっかちな人間かそうした人間に突き上げを食らった人間が決めているからだろう。

桑田はどれかに持ち上げられて講演をしたのだろうが、おいらには結果として自分の意見しか言えない(人の意見を聞けない)人間にしか見えないのだ。
滑稽なことでしかない。
反対意見を聞きそれを否定できる十分な論証を彼も示していないしおそらくは示せまい。
だからおいらはピエロと表現する。
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