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何度も書いては消して書けなかったんですが
2013年01月13日 (日) | 編集 |
桜宮高校の自殺の問題では騒ぎすぎだろう。

特に目l出井亜の扱いや2チャンネルのスレッドの書き込みの多くは勘違いをしていると思う。

どう描いても伝わらないと思って書いては消しを繰り返していたのだが、誤解されてもいいかなぁと今日は書き込むつもりだ。

学校のアンケートで早く練習だか試合がしたいなどと書かれた回答があったことに対し人が死んでるんだぞ!異常という雰囲気が2チャンネルなどにあるんですよね。
中には大学受験に向け勉強しているところに邪魔が入ったような状態だと指摘する声に見殺しにしたんで自業自得などという人までいるのだ。
こういう人にはこういうたとえはダメなのだろう。
毎日見ている好きなアニメが何日も放送されなくなったぐらいに迷惑しているとでもいうしかないのかとさえ思うね。

基本的にこういう人たちのそもそもの間違いは部活辞めればいいところを自殺したということに理解がないことだろう。
普通に考えればBチームでも殴られなければいいんではないだろうか?
おいらならBチームどころか部活を辞める。顧問の顔も見たくないからね。

でもBチームを匂わされるとキャプテンを続けるとまで言って自殺するなどありえない選択だろう。
バスケが好きだったのだろうと言ったところでスポーツで飯が食えるほどに考えている人間にはどう考えても思えず身勝手に死んだという結果しか残らないと思う。
なぜなら部活をしていたほかの生徒のことなどまるで考えていないからだ。
チームには長くバスケをしたい人もいたかもしれないし新人戦や最後の年に向け頑張っていた人もいたかもしれないわけで暴力に対し自分が堪えられないなら辞めればいいとまず思うのが普通の考えではないのだろうか?
顧問は18年間そこにいると書かれていいる。
18年間指導してきたかは知らないが18年で一人の自殺者なのだろう。

テレビに指導死と名付けた自殺された少年の親が出ていたが、12名の教師に吊し上げられ反省文を求められ自殺されたらしいのだが、最初は自分の子が特別なのかと疑問を持ったが回りを見るにつけそうではないと思うようになったと言っていた。
おいらから見れば特別だよ。
吊し上げは最終的に20名を超えたらしくその中で自殺した少年は一人だけだったわけで迷惑ばかりかけてごめんなさいという遺言があったらしい。
言葉通りに受け取れば少年にはこれのほかにも名わけをかけたという自覚があったのだろう。
特別ではあるけれど、それを異常だとは思っていない。
人は皆似ているようでも違うしたまたま表面化した個性であるともいえると思うのだ。

結果は残念だが、そうした子供たちは全体から見れば少ないかもしれないが確実にいるのであって無視していいものでもない。
今回のケースでは学校やシステムの不備に大いに問題はあるだろう。
しかし、一方でバスケが強いからといってここを選んだ人もいるだろうし顧問も実績は残しているのだ。
方法論でいい悪いということは別にして生徒が望むうまくなりたいという気持ちなどには答えれれている毛㏍だろう。
もしかするとその指導者に教えてもらいたいと入った人もいたかもしれず、そういう人にとっては殴られて嫌なら自殺せずに辞めてくれればよかったというのが本音だと思うのだ。
イジメなら不登校という手段でも転校という手段でもあるわけでそれができない理由が親の見栄などによるとにかく学校に行けという無理解なのだろうが、今回のケースは状況を親などに逐一報告していて親なども心配しているなか不登校などという抵抗もしないでいきなり自殺しているのだ。

自殺を選ぶ少年に寄り添えば教師の擁護の声やはやく部活をしたいなどという声は異常に見えるかもしれないが、それを受け入れるつもりでいる生徒には辞めればよかっただけのことをと思うだけだろう。
自殺を選ぶことに理解できないのだろう。
かくいうおいらがその口だ。
スポーツ推薦を狙っていたのかもしれないが大学進学は推薦だけではないだろう。
世間から見ればその程度のことである。

とはいえ、自殺した少年がいたことは事実であり行き過ぎた体罰(個人的には体罰は必要だと思っているのでここでいう体罰は暴力と呼ぶべきものだと思うのだが)や学校や教育委員会のまずい対応については非難されるべきだとも思うのだが、一括りに体罰が悪いというのもどうかと思う。
というのは、今の世の中教室で騒ぐ子を廊下に立たせるぐらいでも体罰という人間がいるからだ。
所ジョージの番組で高校の部活を取り上げているものがある。
吹奏楽部やダンス・体操前にはハンドボールなどもとりあげられていたし最近では野球の顧問や柔道の顧問が取り上げられたこともある。
そこでの指導にはできるまでやらせたり、ミスをすれば即はずされたりするものもある。
これらだってとらえ方によれば体罰なのかもしれず上級生が下級生を指導する姿にもそういう要素だってあるかもしれないわけだ。
体罰という側面にはやられる側がなぜ罰を受けるか理解できることが必要だと思うのに対し今回は理由もわからずに殴られている旨がありこれでは罰になっていないと思うのだ。これが暴力と罰の違いだろうと思うんですよね。

おいらは今の騒動は教育側ばかりが取り上げられているのだが、今後に向けて本当に必要なのは少年がなぜ自殺を選んだかという点にあると思う。
おいらは辞めればいいじゃんと思うところを自殺という方法に至った理由があるのだろう。
教師から見れば18年間で初めてのことだろうし専門家の先生の子供のように20名ほどいた中で唯一亡くなった一人の心境をひも解いていくことが今後にこのようなことが起きないための唯一の方法だろうと思うのだ。

教育の場の腐敗やイジメはダメだとわかっていたって今のところ無くならないのだ。
今後犠牲者を出さないためにと考えるときには亡くなった子供たちの心理を理解するようにすることのほうが本当に必要なことに思う。

そして、こういっては人でなしかもしれないが 基本的に他人が自殺しようが人は自分のほうが大事なのだ。
暴力や体罰に耐えてでも部活をしたい人間は普通に大勢いるだろう。
昭和脳だろうが自分たちのころは当たり前という人間はおいらのようにいるのである。
その大きな理由は自殺した少年の心理が理解できないからだろう。
だってそこまで悩んでいながらBチームという声にひるむ程度なのに自殺するのであるから。
本当に嫌なら辞めるだろ?キャプテンを降りれば暴力は亡くなったとも言い切れず普通なら先生の顔を見るのみ嫌になるだろう、転校するかもしれないだろう。
しかし少年はそれを選ばずに自殺を選んでいるのだ。
理解できるかと言われれば理解できないのだ。

しかも、同情はするが結果的に自殺を選んだことで指導方法の改善などは今後あるかもしれないが大会への出場辞退など努力して部活をしてきた人間にも大いに迷惑をかけているのだ。
同情したってその後の話は迷惑なやつだ程度で仕方がないではないか。

そうなってしまうのもある意味少年の考えは特別でもあり確実にいる考え方の持ち主なのだ。
言い方は直接的すぎるかもしれないがそういうことだ。
しかし、これは悪いばかりではないはずで人より感受性が少し強いとか独立心が強いのかもしれないし残念なことにたまたま自殺を選ぶという面でそれがでてしまっただけだろう。
特別だと言ってはいるが一方では全然特別なことでもないのかもしれないとも思う。

とりあえず個人的には理解できない感情とは別に 学校に通っているほかの生徒への配慮などについてもう少し考えてやるのも大人の務めではないかと思う。部活がしたという声は切実な声だと思うぞ!
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