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チラシの裏
2012年03月13日 (火) | 編集 |
アメリカ人が絆についての記事を出したらしい。

色あせてしまったと。

おいらはテレビで被災地の人が絆という言葉は使わないとか言っている姿を見て悲しくなったのを思い出す。

テレビでは特番のキャスターが瓦礫の受け入れについてのコメントをし、細野大臣が抱負を語る一方で被災地で絆という言葉が軽くなった使わないなどと言う姿を放送したわけだ。

おいらは義捐金を送っただけだが、ボランティアで現地に行った人たちや今も尚復興に尽力している人たちがいる中で絆を使わないという人はそういった人たちとのつながりは感じないのだろうか?

瓦礫の受け入れについてもおいら個人は受け入れればいいとは思うが、そのとこで被災地ではない人たちが被害にあう心配をするなということは別の問題だと思う。
ひとえに政府の信頼が足りないせいだろう。

調べてみると阪神淡路の兵庫県では2000万トンの瓦礫がでて14%を県外で処理(関西や横浜など?)神戸市などは15基の焼却施設を作ったとかかれていました。
(関西で99%処理したといっている人もいますけどね)
東日本大震災でも実は広域処理される分というのは全体の18%だけのことらしいんですね。

少なくても阪神淡路の際には14%の受け入れができていたわけです。
しかし東日本では18%について反対され受け入れができない状況にあるといえますね。

いろいろ調べてみるとわかることですが、東北でも焼却施設ができていないわけでもないようです。
しかし、施設の建設を望んでも政府の動きでそれが阻害されているという話もあります。
建設許可を出さないというものです。放射能の安全性を考慮してだのといわれているようですが それを他県で焼却?と疑問がでますよね。

東北で処理するべき施設をつくることは雇用も生むわけですから個人的にはこれはありなんだろうと思うし、放射能に汚染された可能性があるものについては福島の制限区域という存在があるのだから底で処理というのも論理的な方法でしょう。
汚染区域を広げないためにもその使い道は検討されるべきだと思います。

ひとつ政治家などの考えであまりに杜撰だと思えるのが処理後の焼却灰などについての話です。
濃縮され高濃度になったものの管理など果たしてどうするのか本当に疑問です。
放射能の一部は数万年かけないと半減期を迎えないものがあります。
原発の廃棄物もそうなんですが、こういったものの管理について決定しないまま行おうとするのが今の政治家の政治のやり方に思えてなりません。
問題の解決の先送りですね。

メディアのあり方にも大いに疑問を感じます。

政府のこれまでの対応を批判する一方で偽善的に広域処理を言うのはちょっと矛盾を感じますね。
政府の安全を信用するなという半面で政府が安全と言うものだけは他県で処理をしようというのはおかしいでしょう。

おいらもそうなんですが、放射能を多少浴びるかもしれないということにそれでもいいよという人はいなくはないと思うんですね。
おいらは地元で焼却をするということになっても反対はしません。個人的には望むところでもあります。

しかし、反面過敏に見えるかもしれない反対運動にも理解するところがあります。
政府のやりかたは汚染区域を広げる可能性が十分あるということなんですね。
これまでに日本政府の対応などを見てきてわかることは都合のいい基準を日本独自で作り出してきているわけです。
被災地の首長さんが焼却炉を希望してもできないという話は政府の思惑を感じるには十分でしょう。

広域処理についてのメディアの報道はあるけれど地元で焼却施設を作ってくれの声にこたえない政府についての報道はされないのである。(小さな記事にはなっているかもしれませんが)

少なくても国民は政府の発表だけを信じるのではなくメディアの発する情報だけを信じるのでもなくもう少し冷静にどうすればいいのかを考えるべきだと思いますね。

もっとも、政府が現地に焼却炉を作らなければ瓦礫の処理に困るのは当たり前で政治の不始末が国民に跳ね返ってくることは間違いがないのですが。。。。。

単純に考えれば瓦礫の処理については被災地に焼却炉を作るかほかの地域で処理するかしかない。
政府が被災地に焼却炉は作らない、地方では受け入れ反対が起こっている では進まないのは当たり前のことだろう。
一番いい方法は被災地に焼却炉を作り地方でも瓦礫処理を手伝うということなんだと思う。
どちらかしかしないというのも手ではあるが両方やるほうが早いのは明白だと思う。

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