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マスコミはジレンマに陥ったと思う。
2011年09月20日 (火) | 編集 |
ASAHI.comで 韓流番組、なぜ増えた? TV局「自前より安い」・韓国「輸出」に力 という記事が書かれている。
この中で韓流の放映時間がながいフジにデモがおき続いていると書かれている。
結果的には取材をし、海外の番組が増えることについての話になっているわけです。

フジへのデモについて書かないのは もしかするとマスコミが自分たちの主張する呪縛のようなものに陥っているせいではないかという気がしてきました。

その呪縛は日頃マスコミが主張している表現の自由というやつです。

この言葉は非常に曖昧で自分たちがこれを侵してしまえば次は自分たちに帰ってくることが考えられるんですね。

そのために韓日戦とフジが使うことに文句をいえば 次に自分たちが使う表現にも文句をつけられても仕方がなくなってしまう、また日の丸・君が代を映さないということに関しても自分たちが普段から表現の自由などと言っている手前 移さないのはおかしいと言えなくなっているんではないでしょうか?

昨日も書いた話で、教師の国歌斉唱や起立を拒否する話にもこの自由という呪縛があると思います。
一般では制限された仲の自由という考え方が確立されていると思うのですが、公務員やマスコミの連中には既に得ている特権を守るための手段であってこの言葉が最優先されているように思えるのです。
そのためにその自由という言葉が一般で思っている以上に重くのしかかっているのではないでしょうか。
まぁ教師のいう自由は完全にエゴですけどね。

マスコミは表現の自由を犯される恐れがある今回のフジへのデモについては触れたくても触れられない状態に陥っていると言うのが正しいように思うのです。
韓日戦というのが常識とネットでは書けます。
しかし、テレビなどのメディアでそれを言ってしまえば表現の自由をマスコミ自体が規制してしまう行為にもなりかねない。
日の丸や国歌に関しても批判してしまえば 次は自分たちが表現の自由を失いかねないということにつながるかもしれないということを恐れているのではないかと思うのです。
まったくこれはジレンマというほかないと思いますね。

簡単に考えてユーチューブやユーストリームのデモの放送などが結構な数の人が見ているわけで、ニュースで取り上げればそれこそ視聴率は取れるわけです。
分かっていてもフジの表現の自由を取り上げて それこそ世論でこの表現はおかしいという判断が出てしまえば今度は自分たちが使う言葉も制限されかねないということになってしまいます。
フジと同調という言葉も出ていますが、さすがにこれだけ時間があってメディアのほとんどが(ネットメディアは除くかな?)韓日戦という呼び方や日の丸・君が代、浅田選手への扱いという内容に触れないのは異常ですからね。
結局、事実を知りながらマスコミが表現の自由という呪縛によって真実を書けなくなっていると言うことではないかと思うのです。
表現の自由を奪いかねない韓日戦の呼び方問題や 同じく日の丸・君が代問題についてテーブルに上げることさえも拒否しているということではないかと思います。

おいらは本来 表現の自由などというものは議論の上で合意し成熟させ形どっていくのが健全な表現の自由のあり方だと思うのですが、マスコミは身を守るためにその議論すらやめてしまっている状態だと見えますね。
ネットではそれこそ自由にそういう議論が出来ます。

自由ってのは規制の上にあるのだと堂々と書けるんですね。



すこしズレますが、前に嫌韓流を書いた山野車輪がフジのデモについて批判するかのような発言をネットの討論会のようなものでしておりました。
作家という立場でこのことを考えたときにやはり表現の自由は守りたいということなのではないでしょうか?

マスコミは取材をしたときに多くのなかから言葉を選んで掲載したり報道したりします。
時には取材者の意図と違う表現になることもあると思うのですが、そういった際の言いわけでもこの表現の自由という言葉は重要なのでしょう。

おいらは前にも韓日戦や日の丸・君が代がマスコミにとってのタブーなのでしょうか?と書いています。

どうやら本当にこの話題に触れることはタブーなのだという気持ちになってきました。
それは自分たちを守るためにそうすることが必要だからということで各社共通の理解があるということなのでしょう。
ナショナリズム云々とも書きましたが どうやらそれはお門違いで単にマスコミが保身を図るために必要なのだと感じますね。


テレビという存在がつまらなくなってきているという人は少なくないはずです。
ひとつの原因は規制が行われてきたからです。
エッチな表現は規制によって少なくなりました。過激な表現も減っています。
やらせとわかる表現も少なくなってきました。
討論番組でも昔はそれこそ殴り合いが始まるのではないかという場面までありましたが、いまではそこまではなかなかいきません。

制限がそうさせていったのでしょう。その結果テレビというメディアが面白くなくなってきたということなのでしょう。
規制が悪いという訳ではありません。
自分たちで作った規制でやっているのが今のテレビなんでしょう。

ネットにだって規制は必要な部分があります。
問題は何を規制し何を守るかのはずです。

今のメディアは表現の自由を守るために正義の議論をなくしてしまった時代遅れのメディアだということなんでしょうね。
金儲けの手段になってしまった番組をながすことが仕事なのでしょう。
誰のための番組づくりなのか、なんのために放送権を与えられているのか などを考えてみることが必要な気がします。
おいらは今の放送メディアが表現の自由を守ろうとする行為は視聴者のために守ろうとしているのではなく発信する側のために守ろうとしているだけにしか見えません。

まぁだからこそテレビなどのメディアが時代遅れになってきているわけなんでしょうけどね。。。。

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