| Admin |
日本人。。。
2011年07月08日 (金) | 編集 |
おいらがちょくちょく除いているブログ(Mizumizuさんのブログなんですが)で、本の話を取り上げておりました。

東京に暮らす という昭和初期に日本で暮らしたイギリス人女性の話を書いた本らしいのですが、スポーツの精神性がイギリス人と日本人は似ているところがあるというのです。
(他にも日本人の我慢強さとかいいところをとりあげているらしいのですね。)

ゴルフなどでズルをしない点など例を出されているんですが、確かにフェアプレー精神というものにこだわる精神というものがある(あった?)と思いますね。

確かにおいらもスポーツを見る際にはそうした考えも持っております。

一方で、おいらの好きなサッカーなどについて考えれば もしかすると日本人のもつ美的感覚が失われていっていないか心配に感じる部分もあります。

サッカーで日本に足りないものということでよく言われるのが 日本人にはマリーシアが足りないというのがあります。
訳せば ずる賢さ ということらしいのですが、サッカーではある意味プロレスのように審判に見えない反則はOKともとれるのですね。
フリーキックなどでは審判に隠れて相手のユニフォームをつかむのは当たり前、ピンチにはプロフェッショナルファールをするべき とか シミュレーションで審判を欺く行為などが平気で行われたりします。

プロの世界などでは仕方がない部分もあるかもしれませんが、こういうことは一朝一夕には身につかず、ユースやジュニア世代だって教えているのではないのでしょうか?

これって考えてみれば日本人の美徳だったことを自ら捨て去る行為だとも思えるのです。

例に出ていたゴルフなどでも、いまではゴルフ禁止の河川敷でいい年をした大人が危険な練習をしたりしています。
ゴルフはいい年をした人がやっているイメージなので余計にそういう悪質な行為をする人たちがいることが問題だと思います。

日本には身の程を知るという言葉があるのですが そういう感覚が失われていっているようですよね。
悪質な行為をする人たちはお金がないからといっているようですが、身の程を知っていれば出来る範囲でやることで満足するはずですよね。

地震で並ぶ東京の人たちや 東北の被災者の秩序が海外で麗賛されましたが そういう面も残っていることも事実でしょう。
多くの日本人が残している美点があるとともに 一方で廃れていくものがあることも頭に入れておかなくてはいけないと思いましたね。

接触プレーがある競技では反則というのはつきものなのかもしれませんね。
そういう中で日本人が強くなるということは、ある意味 日本人もずるがしこいプレーが出来るようになってきたということで喜ばしいことなんでしょうか 微妙です。。。


とりあえず、おいらとしては この 東京に暮らす という本を読んでみたい気がします。
スポンサーサイト