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チラシの裏ということで
2011年06月13日 (月) | 編集 |
2ちゃんねるでニュース記事やそのコメントをいくつか見てきた。

どこぞでは時期総理候補に今の民主党執行部の人間ばかりを並べており、それに対し共同正犯ばかり並べて民主党にヨイショしてなんになる?とか書かれていた。

タバコには食欲減退効果があるというのもあった。
タバコについてはあまり書かないで置く。
否定派には2種類いて、迷惑をかけない範囲の一部容認派ととにかく否定する2種類だな。
都合のいい資料は認めるが都合の悪い資料は一生懸命あら捜ししてでも否定する。
まぁおいらもタバコに害があるとする資料などのあら捜しを人間なのでそれを悪く言う資格はないのですが。
ちなみにいくら争ったって理解しあえない部分があるので仕方がない部分がある。

ほかにも震災関連の記事なども見た。
なかには芸能人がワイドショーで国会議員に強い言葉を投げかけることに対してのコメントなどもでていた。


人によって考え方は違うと思うのだが、たとえば総理大臣の問責決議の問題。
いまこんなことをやっている場合か?と疑問を呈す人たちがいる。
ある意味ではそのとおりだと思う。
ある意味とはそういう声を上げる人たちの思いは政治家や閣僚が普通に人間として被災者などにしっかり動いている場合しか頭に浮かんでいない場合(多少ニュアンスが違うかもしれないが)で、誰もが被災者などに対しどうすれば有効に短時間でいい方向にと皆が考えてくれると想定してのものだと思う。

もう一方でいくらこうしたほうがいい、ああしたほうがいいと進言なりしたところで物事の決定が遅い、またはそういう方向に進んでくれないという思いがあれば、仕組みを変えたほうがもっといい方向に進むと考えればそういう動きが出てもおかしくはないと思うのね。

阪神淡路大震災の際に地元に対策本部を作ったというのだが、今回はそうした話をずっといわれていても作らないし、3ヶ月たってもガレキの撤去が進んでいないという話もある。
また、義援金にしても多くがまだ手付かずの状態だという。
義援金はその分お会いが公平にということや、役場の機能を失った場所などもあり分配方法などが問題になっているのかもしれないが、被災者にとってはそろそろ限界だろうと思う。
超法規的手段という話もあるが、今の政権にあってはそうした決断力を求めるのは無理なことだろう。

被災下自治体でも首長がいいところとそうでないところではすでに格差もあるとも言っていたように思う。

難しい問題は山ほどあるんだろうが。。。。

ガレキの撤去にしても、漁港あたりはどこそこの管轄、道路はここは県道、ここは国道だから国交省の許可がいるなどとやるより地元で判断できれば。。。
そう考えて権限の委譲をすればことは早いのではと思うのだが、これこそ地方分権にほかならないと思うのだが。
縦割り行政に対して無駄が多いというのはずっと言われてきたことで、それをなくす手段として叫ばれたのが地方分権だと思うんだよね。
残念なことだがこういう非常時になったときに特に今の仕組みが面倒くさいということが改めてわかると思う。

地方分権に対しての受け取り方で色々意見は分かれるとは思うけれど、決して好き勝手できるということではなく国が定める方針の先にあるものであり、問題点は話し合って結論を出していけばいいのである。

いま官僚の力がつよい理由のひとつは財源を握っている点が大きいと思う。
財源を官僚が有効に使う一つが天下りであるわけで、官僚が握る財源が小さくなればその分天下りのポストもなくなるはずだ。
もっとも官僚が実際にお金を持っているわけではなく予算を配分する資料を作っているだけのはずなんだが。
大臣を始めとする政治家が有能であれば拒否できるはずなんだがなぁ。。。。

しかし、地方に権限を委譲した場合には大枠の予算だけの取り扱いを国がする、地方がその予算をそれぞれに割り振るとした場合、官僚の権限は減る。
しかも、国が馬鹿な使い道をした場合には国会議員はリコールできないが自治体の人間はリコールできるのであるからして今よりは抑止効果は高いように思える。

今回の震災でひとつ思ったことがある。
おいらは民主党の政治は嫌いである。
しかし、被災した民主党の議員の人の話を聞けばその議員は被災者のためにいろいろなことをしている。
役に立っていると思った。
そして、被災地の首長の中にはいい首長がいるとも思った。
はっきり言ってそういった人が国政をしてくれていたら。。。と思うのだ。


話は全然別の方向になるが、日本政府はお金を作ることが出来るらしい。
前に麻生前総理が日本の借金は極端に言えばコレをすればゼロに出来るみたいな話をしたことがあると聞いた。
これをしてしまえば、国際的な信用がなくなるなどということでやれないという人もいる。
しかし、こういう時期である。
被災者に対しお金を作ってしまうのいうのもありなんではないだろうか?
被災者の生活支援のためにだけにである。
復興費用に当てるのではない。
仕事をなくし食事をするのにも困る人たちがいるわけだから。(避難所では食事はでるだろうが、避難所を出れば個人で何とかしなければならないらしい)
多く渡せというのでもない。生活保護を受けている人たち程度には最低いるだろうといっているのだ。
それができれば義援金は生活のためにではなく生活を立て直すために使えるのではないかと思うのだ。
政府は考えてもいいのではないかと思う。
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