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セルジオ越後を擁護する人、批判する人
2010年07月04日 (日) | 編集 |
日刊スポーツのHPをホームに設定しているおいらですが、そこにセルジオのコメントが出るのです。

その文章についてログインできる人が記事についてのコメントを書けるのですね。
で、セルジオ批判の人と擁護の人が記事を書いているんですが 批判のほうでは擁護派についてお前らみたいに書いている(まぁ一人ですがw)わけです。

おいらは擁護派ってより、同意派ですね。
擁護ってのは庇ってるみたいで正しくはないと思うのです。
その通り!って思うから同意なんです。

岡田監督擁護派ってのはまぁ擁護なんでしょう。

本大会に望む際、フォーメーションを変える決断をした、2勝してトーナメントに残った だから岡田監督は正しいってことなのでしょう。
大会前、監督についての意見では交代したほうがいいと思っていた人が多かったはずです。
勝てばいい というのは確かにワールドカップでは正しいのかもしれないが、それで日本のサッカーは進歩するのだろうか?
常連国のイングランドやフランスでさえ予選でも苦戦したりグループリーグで敗退することだってあるのです。
ですから、そういった強豪と言われる国でなら勝てばいいということが出来るのではないのでしょうか。
Fifaのランキングで上位にいる国だから結果が問われるわけで、勝てばいいのです。
日本のような国はアジアでは勝てるかもしれないが、こういった大会でグループリーグを勝ち残れば騒がれる国の判断ではないと個人的には思います。

結果よりも内容が欲しいと思います。
今回は守りに徹した形ですが、守れば強豪相手にもこれだけやれるという結果も確かにあったと思います。
しかし、押される時間が長くチャンスも多くは作れなかった。
その点についてはもっと考えるべきでしょう。

そもそも、岡田監督が目指したものはポゼッションサッカーだったはずで、そのために中盤でボールが持てるであろう選手を多く集めていました。
FWもそれに合わせた形で裏に飛び出せる選手を中心に集めたのだと思います。
前にも書きましたが、2年半かけてやってきたことを止めて望んだ本戦だったわけです。
監督が描いた組織がうまくいかずにシステムを変えた勇気は評価しますが、本来描いた形で出来ずに変えたわけです。
これを協会が同様に評価するのであれば、それは大いに問題でしょう。
2年半かけてやってきたチーム作りの意味を考えなければいけません。
岡田監督に報酬を払っているわけですよ。
おいらなら2年半の監督生活の2年分の報酬を返してもらいたいぐらいです。
何もやってなかったのと同じにしてしまったのですから。

それでも2勝して決勝トーナメントにいけたのは評価しなければならない?
マスコミは評価してもいいのかもしれませんが、評価すべきは選手であって監督ではないと思います。
監督で評価していいのは、2年半やってきたことを止めてこのフォーメーションに踏み切った勇気だけです。
三重大学の先生の指導などで選手の体調管理がうまくいった点などは監督が評価されるべき事柄ではなく協会が準備したことでしょう。(岡田監督の影響もあったかもしれないが)
自分がやってきた2年半を捨てる勇気だけは評価できるということです。
あと半年早く決断していればもっと違った準備ができたかもしれない。
まぁ選手の体調などは直前にならなければ判らないって事はあるかもしれないが、基本的にその選手が出れない状況も想定してチーム作りはしていくはずです。
そのすべてを捨てたのです。

勇気以外の何を評価できるというのでしょう。

もう一つ、ボールのことですが 日本では試合球をJリーグでも使用していたことが大きく影響していることでしょう。
多くの一流選手がシュートをふかしている中、FKでゴールをあげたのはそうした利点があると思います。
(本田は海外でプレーしていますが、扱いなれた選手がアドバイスできますからね)

おいらはセルジオ批判する人がなぜ批判するのかよくわからないので 何が批判の対象になっているのかすらわからないのです。
よく見るのが結果論で物を言っているという記事を見ます。
そうでしょうか?
前から言っている問題点は変わっていないと思うのですが。。。。
終わった後のコメントは試合に即して言っているので結果論に聞こえてしまうのでしょうかねぇ。

おいらが岡田監督が嫌な理由は、召集した選手の使い方が偏ってると感じること。
せっかく呼んだのにいい形で使ってやらないことが多く、また試合中の選手交代が良くわからない。
選手交代することは現代サッカーでは当たり前のことで長い時間動き回ることで落ちてきた選手を新しい選手に変えてやったり守備的にまたは攻撃的にやるという意思表示の手段でもありますが、理解しがたい交代をさせますよね。
今回でも中盤の選手に変えて前線の選手を入れて それを中盤で使っている。
予選から本番までの間でも トゥーリオが出ない試合で岩政がいるのに阿部をセンターバックで使うなど おいらには理解できない采配があったわけです。
複数ポジションをこなせるというのは長所だとは思いますが、それは本職並みに働けるということが出来てこそだし、人数制限がある所属チームでは大いにありえるのですが適正ポジションで多くのチームの中から呼べる代表選手で阿部がでなければならないほどのことがあるのだろうか?
試すだけなら国際試合でなくとも練習試合でいいでしょう。

大久保も悪い選手ではないが、ワールドカップでシュートを打つ大久保を何度も見たが1度キーパーへのパスのようなシュートのほかは枠に飛んだボールがあっただろうか?
守備で貢献しているとはいえ、おいらなら使い続ける理由にはならない。

森本などにしても召集してからまともに試合にでたことがあっただろうか?
海外での評価が高いがゆえに 天邪鬼が働いていなかったか心配にさえなってしまいます。
その点では小笠原選手や前田選手が代表に呼ばれない点などでも同様に心配される点ですよね。
監督と選手の間には何らかのものがあるかもしれませんが、岡田監督の場合はよく理解できません。

オシムの場合は早い段階ではジェフの選手が一番理解しているということで召集される機会も多く、使われることも多かったと理由付けがシッカリできています。
(まぁ多くがそれで納得していたわけではないと思いますけどね。)
そして、オシムは長い時間をかけると就任当初から語っていましたからね。

話を戻しますが、セルジオ批判の声の中には日本はブラジルやバルサではないと書いてありました。
その通りです。
イタリアやドイツ、オランダも日本と同じでブラジルやバルサではないのです。
仮にもベスト4を目指すと公言したチームですから、今後世界と戦えるチームにするためには攻しなければいけないと声にしてどこが悪いというのでしょう。
少なくとも勝ち抜くには点を取らなければ勝てないのです。
それにはどうすれば点を取れるか考えるべきでしょう。
点を取られなければ負けないかもしれないが点を取らなければ勝てないのです。
点を取ることを考えることがワールドカップで上位を狙う方法なのです。

おいらにはセルジオの声はそういう提言が含まれていると思いますよ。

セルジオの声を結果論、批判的と捉えるのはワールドカップのときだけ上位にいければいいとか 強豪国の代表を日本に呼んで試合をしたとえ相手が1軍半でもいい試合をすれば満足だというのであれば耳につくのかもしれません。
おいらはアウェーでもいい試合をしてもらいたいのです。
常にランキングで15位以内ぐらいにいてくれるチームを作って欲しいのです。

中田ヒデが本田との対談でも言っていたとおもいますが、練習では日本はもっともうまい選手、チームだと思うという話。
規律があり、よく走り、テクニックもある。
けれど試合ではそれが発揮できない ということのようです。

おいらは選手の能力を批判的には捉えておりませんが、いまのままではこういった話がいつまでも続きそうでセルジオのような意見はどんどん出るべきだし、本来ならマスコミを上げてもっと言うべきだろうと思います。
今回もマスコミは早いうちはベスト4をすっと取り上げており、システム変更も結果がよければ岡田監督の英断と取り上げております。
チーム作りに失敗した苦肉の策じゃないですか、本当は。。。。。

サッカーが強い国になるにはもっとマスコミやサポーターが批判するべきだと思いますよ。

ただ、批判だってチャントしたやり方で批判はしてほしいですけどね。
おいらは選手はいつだって勝ちたい欲求の中でプレーしているはずだと信じているのです。
勝てないときは勝てない理由があるのです。
岡田ジャパンが勝てなかったときは選手の体調不良とチーム作りの失敗だと思います。
選手が悪かったのではないと思っております。
ワールドカップで成績が良かったといっても岡田監督はチーム作りに失敗したとおいらは思っております。
団結力はあったのでしょうが、戦術的なチーム作りは失敗したと確信しております。

おいらには岡田監督がチーム作りに失敗したと思ってる人がセルジオ同意派で、団結力があったいいチームで成功したと思っている人が批判派って具合になってる気がします。

擁護なんて言葉はきっと正しくないとおもいますよ。
同意です。
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