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サッカー選手による中国と日本の差ってので
2018年12月29日 (土) | 編集 |
海外の有名なサッカー選手が中国と日本の差を比べる記事があった。

一番言われていることが大気汚染の問題である。

そこでは中国では大気汚染によって40%ほど肺がんになる人が増えているとか・・・。



記事を読めば大気汚染の影響が大きいことがよくわかるわけよ。


まてよ?世界で肺がんのリスクは喫煙だっていう方向になってるんじゃないのか?と。

まぁおいらは肺がんリスクは喫煙より大気汚染のほうが大きいと何度も書いてきているのである。

日本の肺がんが増えた時期ってのは高度経済成長の時期と10年程度の誤差の中でリンクしていると何度も書いている。

日本にだって公害問題はあったわけで1980年代まで光化学スモッグなど大気汚染は社会問題だったわけだ。

日本は光化学スモッグ問題の時期でも欧米の影響もあり喫煙リスクが言われだしおいらが喫煙しだすころにはタバコのニコチンやタールの量を減らしたいわゆる軽いたばこのブームがあったわけ。
マイルドセブンが出てキャスターなど軽いタバコが増えていった時期である。

そういう中で日本はアメリカなどよりも早く公害問題に取り組んだわけですがアメリカはといえば温暖化問題でも経済を優先して自分たちだけは離脱することを表明するという姿勢を続けてきたわけ。

アメリカに公害問題はなかったのか?といえばあったに違いない。

公害問題なら国の責任が問われかねない中おいらは喫煙という自己責任に落ち着く理由を導き出し自己責任で押し通したと思っている。

日本の肺がん曲線って実は公害曲線とだってリンクしているともいえるだろう?

おいらはいつも書くんだけどタバコは吸うけど排気ガスは吸わないのである。


違う見方もできるんじゃないかとふと思ったりする。

例えばだが捕鯨問題。

IWCにもともと捕鯨をしない国が増え捕鯨反対に傾いている理由を考えれば本捕鯨が金になるからだろう。
賛成に回っても票につながることが金になるし反対に回っても同様なわけよ。
もともと捕鯨をしない国はどっちの転ぼうがIWCに参加すれば金になるのである。
喫煙問題も禁煙を口にすれば金になるんだよ。
喫煙が体に悪いといえば特に国が儲かるんだわ。
税金を高くすることに成功しそのうえで公害などにより健康被害を自己責任に置き換えることにも成功しているんだから・・・。

まぁそうは言ってもおいらだって喫煙が体に良いわけはないとは常々書いてもいる。

ただ、それでも喫煙者が長生きすることだってあるわけでもっと肺がんに関して多角的に考えてほしいとつくづく思うわ。

喫煙がリスクってのはおそらくは正しいのだろうと思う。
でもね、大気汚染のほうがよりリスクが大きいとおいらはおもうんだけどなぁ・・・・・・・。
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某拡大眼鏡のCM
2018年12月26日 (水) | 編集 |
先日、CS放送でフジの有吉くんの正直さんぽという番組を見ていた。

その中でルーぺ、拡大鏡などの専門店にいき盛んにCMを打っている~ルーペも手に取って感想を述べていた。

眼鏡をかけている人ならば度が合わないメガネがどうようなものかわかると思うが焦点が合わずに気持ちが悪くなるわけよ。
CMを盛んに打っているルーペも同様に焦点が合わない位置に来るとやっぱり目がくらむようで気持ち悪いを連発していたわけ。

つまりはCMに起用されている役者さんたちはさもこの拡大鏡が良いものというようにCMをやっているが実はカメラ目線でいる間は党の役者さんたちは非常に気持ちの悪い状態でやっているということが理解できるw。

あれって万能に見えるが要はほんの数十センチの位置にあるものだけが気持ちよく拡大されるだけで非常に気持ちが悪いものと理解しておく必要があると思うわ。
テレビCMをやっているものは1万円越えなわけだが、安売り店で見かけたものは2~3千円で売られていた。

その差額がブルーライトへの対策であったりCM料であったり高いといわれる給料の分なのだろうw。

世界との差というが
2018年12月24日 (月) | 編集 |
鹿島アントラーズがCWCでレアル、リバープレートと連敗し世界との差を感じているような記事を目にする。

しかし個人的には皆が感じるほどの差ってないと思っている。

2016年開催国枠で出たCWCで一番多く試合をしてレアルを追い詰め延長まで粘って準優勝したことを考えても勝てる力はあるのは間違いないのである。

おいらは力はある書いてはいるがそれが確信的かといえば決してそうでもない。
調子を落としているレアルなら鹿島は勝てるかもしれないという声がある一方でよく考えてほしいとずっと思っていたのが、勝ちきれない鹿島の現実である。

昨年は最終戦で勝てば文句なしに優勝できる試合を勝ちきれずに準優勝に終わり川崎フロンターレの初優勝のおぜん立てをしてしまったわけだ。
今年だって鹿島が鹿島らしいという感じでACLは勝ったとはいえ国内ではらしくない感をだしたとおいらは思っている。
最終戦は来年のACLの出場で大事な試合だったが鳥栖相手に勝ちきれずに相手も勝ちきれなかったことで権利を得ているだけなのだ。

さらにCWCを望むに至って鈴木優磨、三竿の二人の離脱はあったことも影響はしているだろう。ただし、大事な試合で勝ちきれなかったときにもこの二人がいてなお勝ちきれなかったことを忘れてはいけない。

ついでだから書いておくと、内田の存在の変化について思うところがある。
メディアを通じて出てくる言葉だから事実は知らないが、近年の内田は語りすぎている気がする。
ドイツを経験したことを語るのだが話がでかすぎるw。
じゃあ内田がそれほどの違いを出しているかといえば実際はそうでもないだろう。
ACLで取り上げられるのもあの得点のシーンばかりで他で目立っていないではないか?
今現在見せてくれるのは口だけみたいになっているのは評価できないだろう。
まぁ怪我があって依然程ではないのかもしれないが試合に出る以上は結果で示す以外に道はないはずなのだ。
言いたいことはわかるという気持ちもあるが強い鹿島を見るときに世界との差など大きくは感じられないわけで世界との差を口にするとき気持ちが負けているのだとおいらは思うのだ。

レアルを追い詰めたときさは感じなかったはずで延長でロナウドに決められてから差を感じるまで互角だったとおいらは思っている。
それをわかっているジーコの相手をリスペクトしすぎたという言葉になっていると思うのだ。
そしてイニエスタも同じように感じたのだろう。
差がないとは言えないし実際に差はあるのだろうが、気持ちで負けていなければチャンスはあるところには来ているとおいらは思うのである。

日本人をいう言葉に練習じゃうまいというのがあったわけだが、少なくても練習限定にしても技術はあるわけだ。
気持ちさえ追いつけば勝つチャンスがあるともいえるとおいらは思うのだ。
そのことを忘れてはいけない気がするね。。。。

今年に限ればアルアインのほうがよっぽど気持ちが入っていたわけでより可能性を感じたはずだ。

もし鹿島がアルアインと同じ気持ちで戦っていれば違う結果が出ていたかもしれないと思う。
鹿島は強い反面まだ本物の強さにはなっていないとも思うのである。

憲剛のいるフロンターレは今黄金期かもしれないが鹿島のような伝統を積み重ねて世界に通用する強豪になってほしいと思う。
ほかのクラブにだってチャンスはある。

浦和だって強い浦和とそうでもない浦和が共存しているわけで強い面がでていれば相当強いのだ。

いつでも強いというチームがいないのがいまのJなのでありだから面白いのかもしれんけどw。

鹿島VSレアル
2018年12月21日 (金) | 編集 |
あくまで個人的な感想ですが、鹿島は緩く入ったレアルに合わせてしまい相手に体を寄せる戦いができなくなってしまったという印象です。
一昨年の戦いでは相手に体を寄せることで相手に自由にプレーさせなかったのに対し今年は相手が体を寄せないことで自分たちも遠慮してしまったようでその少しの開きがすべてのプレーで相手に余裕を与え自由を与えたと思っています。

そういう時に柴崎選手などは空気を読めずにどんどん当たれる選手であり今回改めていないことで差が出てしまった気がするんですよね。
ボールを奪いに行く場面でも本来鹿島がするべき相手を囲い込むような手法を逆にレアルの選手がやっていた気がしますし鹿島の選手間の距離も少し広すぎた気がします。

とはいえ、借りを返すなど意気込んでいましたがその都度世界との差を痛感させられるのも毎度のことに思いますね。
ジーコがテクニカルディレクターに戻ったことで違いは出ていたわけですが、できればベンチにおいておきたいですねw。


おそらく効果が倍増すると思いますw。

ロストフの14秒・・・・ハァ?
2018年12月16日 (日) | 編集 |
NHKでやった番組で見逃していたw。

ネットで取り上げられていたのでユーチューブで見たんだが、年末に拡大版がでるらしい。

表題は興味をそそるんだが、個人的にはこの検証の意味を理解できずにいる。

なぜならこの中にある14秒ってのはクルトワがキャッチした瞬間からの時間だからだ。

江夏の21球みたいなものに影響されて検証をしたのだろうけど、大事なのはむしろそこではなくそこに至る過程ではないのか?と思う。江夏の模倣ってのはベルギーがするべきもので日本がするべきことではないと思う。
まぁ映像ではベルギーの選手の話がありベルギー視点はしっかりとあったわけだからある意味では合格ではあるけれどw。

おいら的には本当に知りたいことはここで検証されていないことである。

まずベンチの指示。
ここではあの場面での選択肢がいくつかあったということだ。
点を取りに行くか時間稼ぎをしに行くがまずあってそのために吉田と昌子を上げる上げないの選択肢が生まれる。
両CBを上げないまま点を取りに行くケースがあり得るから順序的にはCBを上げるかどうかが先であり後ろに控えたまま攻めるか時間稼ぎをするかが生まれるわけだ。
そこに対してベンチの考えを検証することは次につながるかもしれない。

実際にはCBの二人が上がったわけでその時点でなお時間稼ぎ云々をいうのはナンセンスだろう。
映像ではあの場面コーナーに寄ったところに香川がいたわけで香川に出して時間稼ぎをするべきだったという人はいるだろうが、CBが前にいる意図を考えれば単純にショートコーナーか普通に蹴るかの2択だったはずだ。
代表選を見ていれば本田のCKでショートコーナーが多いのは誰もが知るところだから香川のポジションの意図はそれだろう。

もう一つ絶対的に知りたいことがあの場面で意思疎通できていてかという点だ。

香川がショートを意識させたってのは理解できるが実際の映像では大迫はニアに走っている。
大迫が決勝ゴールを決めた場面では中央で競って決めているわけで大迫はあの場面でニアに走った理由を語るべきである。
吉田は検証の場面でクルトワがキャッチした場面で飛ぶこともできずに振り返って反則をしてでもクルトワの速攻に至る動きを止めるべきだったかもと言っているが実際には本当に大事なことはなぜ飛べなかったのかである。
思った場所にボールが来なかったのか動き出しが合わせられなかったのか?意図したポジションにボールが来なかったのか?である。
そして一番検証すべきはボールを蹴った本田の意図である。

誰を狙ってけったのか?どこで合わせる意図だったのか?
はたまた単に思ったところに蹴れなかったのか?
などである。

代表では当然のように本田が蹴っているが個人的には本田がFKうまいとは全く思っていないのだ。
本田は受ける側としてはある程度優秀だと思うのだが、出してとしては微妙だと思っている。
キックの精度という点で不安があると思っているのだ。
理由はFKを直接狙う場面が多かったわけだが実際に枠内に行くケースは決して多くはないという点にあるし過去を見ればCKでショートを蹴るシーンが多いのもCKが得意であると思えない理由の一つだからである。
加えて本来なら本田は182ぐらいの身長で前目の選手では高いほうなわけだから決める側にいるべきだというのがおいらが蹴るべきではないと思う理由である。
したがって本田にピンポイントで合わせるの力が足りていないということだって考えられる。

蹴ろうとした瞬間狙っていた場所の大迫がニアに走ったもんだから動揺して結果的にあそこに行ったなんてのだってありうるわだ。

映像にはベルギー選手が一人飛んだがクルトワに指示があったのだろう何もせずにクルトワにキャッチさせている。
そこに競る日本選手はだれもいないのだ。
一番近かった吉田でさえ2mほどずれている。

結果的に一番大事な場面でまるで意思疎通を欠いたCKになってしまったわけで、その後の14秒の超高速カウンターに対する検証の意味など全くの問題ではないと思うのだ。

いや、上でも書いたがベルギー視点であればあれだって成功させるにはいくつかの大事な局面があったのは事実でありカウンターが失敗する可能性だって少なくはなかっただろう。
おいら的にはルカクのスルーほど結果に影響したプレーはないと思っている。
ルカクがシュートをしていればマークしていた長谷部は絶対に阻止していたと確信しているわけであのスルーは見事であり検証結果で見る長谷部のスルーまで見越したプレーもすごいと思ったわけだが・・・。

年末の拡大版で本田が語る場面があるかどうかが見ものだと思うわ。
まぁ期待しないでおくけど。

ESPA 圧倒的な選手20傑・・・
2018年12月13日 (木) | 編集 |
スポーツ新聞のウェブ版のニュースでこれに羽生選手が11位に選ばれたと書いてあったので他の選手はだれ?と思って調べてみた。

1、ヴィールス      女子体操
2、キプチョゲ      マラソン
3、ダニエル・コーミエ  レスラー
4、ジュタヌガン     ゴルフ
5、レデツキー      水泳
6、クロエ・キム      スノーボード
7、ブレンナ・スチュアート 格闘家
8、モドリッチ       サッカー
9、エレプ         テニス
10、ジョコビッチ     テニス
11、羽生結弦      フギュアスケート
12、ルイス・ハミルトン F1
13、レブロン・ジェームス バスケ
14、ムッキー・ ベッツ MLB
15、ドリュー・ブリーズ NHL
16、ジャスティフィ   競馬
17、アレックス・オベチキン NHL
18、パトリック・まホームズ NFL
19、ジェームス・ハーデン  NBA
20、マイク・トラウト   MLB

らしい。
らしいというのはおいらが英語が苦手な中記事を漁ってツイッターをもとにWIKIでそれらしい人の名前を検索した結果だからである。

そういう思いまでして調べたわけだが、モドリッチやハレプを圧倒的というのはいかがなものかと思うのだ。
場合によってはジョコビッチでさえ圧倒的か?という疑問が出る。
休養前のジョコはフェデラー、ナダルの故障などもあり正に圧倒的だったかもしれない中、フェデラーが試合を絞り出場した試合で好成績を上げ続けナダルの復活も見た中で今年の後半のジョコの強さはは本物とは思うが直接対決がほぼない中で圧倒的と呼ぶのもいかがなものかと思う。

ほかにもレデツキーなどは種目によっては負けてもいるわけでかつて圧倒的だったかもしれないが今現在が圧倒的かは疑問だしジュタヌガンなどもトーナメントで毎回勝てるかといえば上位に入るのかもしれんが圧倒的という言葉がふさわしいかは疑問だろう。

おいらは格闘技系は全く分からないのでここでは触れないがアメリカのプロスポーツ選手への評価ってのはどうも信用ならないw。
世間ではあの選手が素晴らしいという言葉がたとえ行きかったとしても俺も凄いぜ!って言いたい人はたくさんいると思うわけである一面でそういう選手の謙虚さに甘えた評価ってのがあるように思えて仕方がないのだ。

ほかにもスケボー、スノボーなどのアメリカで人気のスポーツの評価ってのも歴史がない分レジェンドづくりに必死でスター選手を作りたがる傾向にあると思っている。
その中でその採点、おかしくね?ってのがあるのがアメリカの採点競技の特徴だとおいらは思ってみている。

ちなみに1位のヴィールズなんてのは彼女の床なんてのは明らかに高さが圧倒しているわけで負けてさえその可能性を否定することができないわけでたった1回見ただけで負けてなお恐ろしく感じれる選手という意味でもふさわしいと思う。
キプチョゲってのは見たこともないが、記録だけを見れば圧倒的なのだろうw。

そしてこの中で日本人の羽生選手がいるわけだが、怪我さえなければ出る試合すべてに勝ちそうっていう意味で圧倒的といえる選手だとおもう。

まぁあとの多くの選手については結構な確率で凄い選手に違いはないが圧倒的かといえば違うんじゃね?って思う気はするね。


相撲・・・
2018年12月09日 (日) | 編集 |
相撲ってのは面白いよね。

普段見ない人までも問題が起これば関心を示しメディアは大きく取り上げる。


ちなみにおいらは大相撲は単なる格闘技でもスポーツでもないと思ってるんで世間はとやかく言わずに角界の人に任せたらいいと思ってる。

まぁメディアも含め世間は今の時代・・・なんていうけど、そもそもそういう次元で話していいのかってところから議論すべきなんじゃね?って思うわ。
だってそれをいうなら今の時代にあってちょんまげだよ?
番付が低い人は冬でも羽織まとえないんだよ?
まげが結えなくなったら引退なんだよ?

今風に言ったら差別やイジメっていえなくはないことがたくさんある世界でしょ。

アマチュアでやる分と伝統・格式がある大相撲を一緒にしたらいけないんじゃないかって思うわけよ。

どうすればいいかっていう部分ではアマチュア相撲と大相撲は分けて考えるべきで大相撲はプロなんだから税金など当てにしなくたってやれるっしょ?って思うわけだね。

でもって、事件は別にして暴力などは多少は大目に見るべきなんじゃないかと・・・・。
八百長?別に構わんよっていう姿勢でいいんじゃね?って思うのね。

だってプロレス見て筋書きがないなんて言う人いないっしょ?
いや、暗黙のルールであってっていう人はいると思うけどw。
5カウントまでなら反則もOKだろ?凶器まで出てくるんだぜ?
下手すりゃ有刺鉄線、電流爆破デスマッチなんてのまである。

そういうプロレスに物言わないだろ、メディアって。

大相撲も同じなんじゃない?
興行としての意味合いなど異なる部分はあるだろうけど、神事であるとか伝統芸能であるとかっていう目で見れば補助金が出てもいいわけだけど、スポーツとして見ちゃって口出しされるなら補助金いらんわ・・でいいと思うわけよ。

だって神事で伝統なわけだから付け人制度も可愛がり(いじめ?)だって伝統だろうと思うわけよ。

貴乃花の言うほかの部屋の力士と仲良くするなってのも良いし、タニマチをやめサポーター制度ってのも構わんけど、結局弟子は暴力体質変わってないわけじゃん?
すれはすなわち他の部屋で行われる習慣だったかもしれない相撲にまつわる伝統の受け継ぎがあったってことだと思うわけで力士が望む姿勢が交流するもよししないも良しってだけの話で相撲の社会ではいわゆる義理や人情だってあったっていいと思うわけよ、個人的に。
だから若貴の優勝決定戦で若乃花が勝ったっていいと思うわけでその勝負に仮に何かがあったってそれはそれで何も語らなければ他人が勝手に妄想するのも面白さの一部でしょうってことだね。
星勘定でだって勝ち越し、負け越しに関して感情があったってそれも込みで相撲の世界だとおいらは思うんだわ。

なんで世間は口を挟みたいのかがよく理解ができないねw。

誰それが付け人制度を考えてやめたら?なんていっている話が出ていたが、付け人は関取の身の回りの世話をすることで奮起を促されるし、自分が関取になった時のために学ぶ場でもあるわけだし、番付の低い時代に付け人をすることで小遣いをもらったりできることも伝統なわけで制度にはそれなりに意味があるらしいことも知らずに自分のことは自分でっていっちゃうことも電波を介した報道ではある意味恥ずかしい話だとおいらは思うわけよ。

お相撲さんは巡業に出れば名前を知らない力士でさえ子供を抱いてくれっていわれたりとにかくありがたい存在になっているんじゃないの?
しょっきりを見れば単なる勝負だけの文化じゃないっておいらは思うんだけどね・・・・。

地方それぞれにお祭りや伝統があったりするわけですが、今の人が歴史や背景を知らずに今の時代に合ってないからと批判して何かいいことがあるのかって思えばそれぞれの実帯に任せるべきって思うのと同じように大相撲の世界のことは大相撲の方々が考えればいいわけでメディアや世間がどうこう言うべきじゃ無くね?っておいらは思うね。

何度も書くがプロレスに対してみな口出しますか?って話と同等に(すべきじゃないかもだけど)考えたらプロレスラーが後輩殴ってもさして問題視しないんじゃないかと思うわけよ。反則もOK、凶器もありな世界ですし・・・。
おいらからすればプロレスが特別なら大相撲も特別でいいんじゃないかと思うなぁ・・・。

立川志らく・・・
2018年12月08日 (土) | 編集 |
M1の審査に関してあちこちで文句が飛び交っているらしい。
その中で妻の元にも批判が言って相当起こっているらしい。

おいらとしては志らく師匠が今テレビに出るに際して間違っていることが非常に多いと思っている。

本人は談志師匠を尊敬していることを表立って口にし談志師匠の住んでいた家に住み後継者と思っているようだが、どこかに大きな違いがあると思えて仕方がない。

それってのが談志師匠が自分を貫いたのを勘違いしているように思えるのである。
弟子の中で兄弟子などがテレビに出て活躍をしているのに比べ志らく師匠がてれびにでなかったのを談志師匠が心配をしているだろうからとテレビに出るようになったと自分で口にしていたが出方を間違ったとしか思えない。

志の輔師匠は芸の延長でテレビで司会をしたりしているわけだし談春師匠も延長で俳優として出ているのに対し、志らく師匠は世間に物言うことを仕事にしてしまったという部分が間違いだと思う。

あくまでおいらの感覚でだが、鶴瓶などがあれでけ売れていてもそういう番組で発言はほとんどしないわけよ。
そういう意味ではダウンタウンの松本を筆頭にその取り巻きともいうべき人たちが政治的な発言や世間の見方に対して物申す姿ってのは個人的になじまないのである。

北野武(ビートたけし)がそういう番組をやった後追いでやってしまった感はあるけれど、おいらとしては基本的に人を笑わせる仕事をしているのに主義主張に物申すことをして芸人にプラスになるとは思えないのである。
談志師匠が好きな爆笑問題の太田などもやっているがそれを受け入れているのは左側の人間でしかなくそれを尊重するテレビ局の人の支援に乗っかっているだけだろう。

昔のように芸人が万人向けする必要などないのかもしれないしそういうご時世ではないのかもしれないが、わざわざ嫌われる必要などないのではないだろうかと思う。

談志師匠がそういう番組に好んで出たという記憶はもちろん芸事に興味がないおいらは知らないわけだが、あれほどこだわりがある師匠が考えなしだったとは思えず自分でそういう場に行かなかったのだろうと勝手に推測しているのである。
もしそうであるならわざわざ批判が集まる場所に出て行って文句を言われることを嫌っている現在の姿は自ら招いたものとしか言いようがない。
テレビでコメントしてれば自分だけでなく家族などにもそういう被害が出ることは予想できたはずだというしかないだろう。

おいらはこだわりがないようで実はささやかにこだわりはある。

だが、一般人でありそのうえでそれを公には口にしていない。
せいぜい誰が見るともないがせいぜい一日見る人がいるかどうかのここでつぶやく程度で公にしているだけである。

志らく師匠が以前に餃子のこだわりをテレビで言っていたわけだが、おいらとしては餃子ぐらい食べる人の好きに食わせろよと思っただけである。
こだわりは別にいいんだよ。人に物申すことで火種になるんだな。
弟子にそのこだわりを言うのってのは知っておいてほしいなどいろいろとあるからだと思うのだが、世間様相手にこだわりを披露するだけならいいのだがこうでなくっちゃいけないみたいに言ってしまえばそれは火種になるんだと知っておくべきだと思うわ。

志らく師匠がテレビでは発言することは違う意見の人の中にはそれを伝えたく思う人がいたって全くおかしなことでもなく家族のもとにそれが行くってのは全く想像できないことではなかろうってことだな。
それがいいか悪いかで言えば決していいことではないが、そこまであり得る状況の中でやっている覚悟がないってのはわがままだと思うな。
少なくてもテレビなどでの発言は見る人にとっては一方的な意見でしかなく反論があっても黙ってろっていうのはムシのいい話だろ?
まぁおいらはせいぜい一日多く見たって2~3人しか見ないところでの発信だから許してw。

それに一応だが、おいらの基本方針は人それぞれ意見が違うのが普通だと常々書いているつもりだからw。