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サッカーもビデオ判定が・・・
2016年12月17日 (土) | 編集 |
クラブワールドカップで試験的に行われています。

現状で是非は分かれていますが、FIFAはビデオ判定について2002年の韓国戦、まぁスペイン戦を例に 多少時間がかかろうがビデオ判定はあったほうがいいだろ?と多くの人を納得させる言葉で正当性を主張しています。

この試合はFIFAの10大誤審の一つとされるほか、この大会での韓国戦が10のうちの4つを占めているわけです。

おいら個人の感想ですが、それでもビデオについては大いに疑問です。
鹿島はオフサイドポジションにいたがプレーに関係のない人がエリア内で倒されたという理由(だろう)ということでPKを貰い結果的に3点を取って勝ったわけです。

それ自体は正しい判定のように感じる人も多いかもしれませんが、個人的にはセットプレーでエリア内で誰も反則をしないことなどほぼありえないと思っているんですよ。
皆相手より有利なポジションをとろうとしてユニフォームを引っ張るのは当たり前なわけで 見逃してもらえる理由ってのはそれがプレーに影響したかどうかの判定という曖昧なものによるのが現状だからです。

個人的にはこれがものすごく引っかかるわけですよ。

日本人の主審が下した判定で大いに議論されたのが2010年と2014年にあるわけですが、一方は度重なる反則に対しカードを出さずに試合が荒くなりより多くのファールを受けていたチーム(ブラジル)が報復行為をして退場者を出したものだし、無一つが初戦のPK判定なわけです。
このPK、確かに手がかかっているわけで裁いた本人曰くルールにのっとって判断すればファールだと言うんですが、確かにその通りでFIFAもそれを支持したわけです。
では、なぜ議論されるのかといえばある程度のファールは基本的に流されるのが当たり前なうえ、シミュレーション行為も普通に多いからですね。

おいらから言わせれば、セットプレーでポジション取りの際 誰もファールをしない(厳密にルールに抵触しないという意味)ゲームなど見たことないと言い切れるほどなわけで セットプレーをすべてビデオ判定すれば全部がPKを与えなければいけなくなるんじゃないかと心配なんですわ。

ちなみに厳密にルールに抵触しないってのは、シャツを引っ張らないほか、ベールが出る瞬間に相手を引っ張ることや押す行為がないという意味です。まぁこれらの行為ってのは少しでも有利なポジションをとるために普通にやるもんものなわけですよ。
ところが結局審判の判断という曖昧な形で判定が出てしまうことになります。

まぁビデオを使ったほうがより多数派の支持を得られる判定にはなるとは思えますがね。。。。

とはいえ、鹿島が貰ったPKはといえばPKをもらった選手がオフサイドポジションにいたわけでプレーに関与していなかったから貰えたなら、その他のセットプレーの際にファールが行われていないケースがないと思っているおいらなどはこの判定にはやっぱり不思議な感じがするというしかないわけですよ。

まぁ実際にはセットプレーだってしっかり審判に見られていてPKが与えられるケースがないわけではないし、程度問題になるからこそ最終的には主審が両チームからどれほど信頼されるジャッジをしているかということにしかならないわけです。

サッカーではこの程度ならやってもいいという認識でプレーすることがまかり通っているわけですから ある意味鹿島がもらったPkに対し相手チームがすべてのセットプレーをビデオで判定しろといった場合に大きな議論になるとおいらは思っているわけです。

まぁ日本チームはそうはいってもあからさまなファールは少ないほうだと思いますからまだいいんですが、南米同士とか中東同士
の試合だったらと思うと・・・・。

ついでに、こういった試合よりも八百長的なものに対する問題のほうが大きいように感じるわけです。
サッカーなんて上でも書いたように主審のジャッジ次第で大きく変わる面の影響が大きいわけでわいろをもらっていたなどに対する防衛策のほうがビデオ判定よりも大事な気がします。

ちなみに多くの競技などですでにビデオ判定が導入されているという声を聴きますが、おいらが思うにそれができるのは反則がそもそも少なかったりアウトインのようなものの判定に効果があるからであってファールが普通に行われている競技においての効果という点ではハッキリ言って微妙なのではないでしょうか?

ちなみにテニスでも八百長に関しては問題になっているわけですから、これこそより多くの対策が必要な気がします。

個人的にはボールがラインを割ったか同課の判定はビデオもありですが、それ以外に関しては微妙ですという立場ですね。
もし標準化されれば単純にいいプレーで点が入るよりもPKでの得点が増えるだけになってしまう気がするからですね。

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いえもと~~~~~~!
2016年12月04日 (日) | 編集 |
サッカー審判の家本氏です。

自身のSNSを閉鎖するコメントを出したらしい。

ニュースになってます。

この方、疑惑の判定を何度もしていて関係者やサポーターには有名な審判でありあっせん停止処分も過去に2度受けている人であります。
それでもこういう大一番の主審を任されるというのは日本サッカー協会を含めて審判に対する理解が大きく間違っている証明だと個人的に思っています。


間違えているのは、根本的にサッカーがルール通りにプレーされているという誤解にあると思うわけです。
サッカーは大事な場面以外ではルールを度外視してプレーするスポーツでありいかに流れを切らないかを大事にジャッジすることが審判の務めだという観点を日本の協会や審判は理解していないといえるのですよ。

サッカーっていう競技はふつうにみていて明らかにわかるのですが、普通に相手のユニフォームを引っ張ります。
ルール上はファールですがプレーに支障がなければ流されます。
仮にルール通りにジャッジをすればFKやCKなどはすべてファールが取れます。
しかし、実際には極たまにしかファールでPKなどはありません。
シミュレーションという販促もあります。これは審判を欺く行為をいうのですが、ボールがタッチを割った場面など誰もがマイボールを主張します。シミュレーションと言えなくもありませんねw。
足がかかっていないのにファールを受けたと主張するケースも普通にあります。
厳密にいえばみな反則ですが多くのプレーで流されます。

なぜならそれで流れが止まることこそサッカーを面白くなくする理由になるからです。

世界には名審判といわれる人がいますが、そういう人は誤審をしないのかといえば一般より数は少ないですがする(している)と思います。少ない理由にはジャッジをする際に常にいいポジションを取り状況をしっかり見ているからです。
いい審判はポジショニングがいいものです。
そして選手とよく会話します。会話することで選手に対しジャッジを理解させるのです。

一方で日本人審判はある意味厳格です。

ワールドカップでも日本人の審判が良い対戦カードで笛を吹いていますが信用はイマイチだとおいらは受け取っています。

ワールドカップ2010年ではオランダ対ブラジルで笛を吹きましたが、この試合オランダがブラジルに対しファールをしまくりました。
これに対しブラジルはイライラを募らせ報復行為で退場者を出し負けてしまいます。
この試合でもあまりに多いファールに対し日本人審判はカードを出すべきだったんです。
そうすることでファールをすると退場することもあるよと警告する必要があったんです。
一方で後日談で報復行為を事前にシミュレーションしていたとまで言っていたわけで、個人的には大事なのはそこじゃないだろ!と思いましたよ。
彼は試合の掌握に失敗しながらレッドカードは正当だったと主張したようなものです。
あのジャッジがただしかったかどうかなんてのは小さなものでしかなくゲーム全体を壊した張本人だという自覚がないと思うんですね。

ブラジルでの一戦もありました。
唯一入った点がPKによるものでしたがそのPKに対し多くの人がシミュレーションだと思ったわけです。(ここでの場合はFWがわざと倒れたという意味)
確かにスローで見れば手がかかっているように見えるんですが、あの場面倒れなかったら決めれたかといえば決まらなかったとみる人のほうが多かったと思うわけです。
だからわざと倒れたように見えるんですね。

ルールに厳密に従えばPKかもしれません。
しかし、うえでも書きましたがサッカーっていう競技は基本的に反則を見逃す競技だといえるわけで 馬鹿みたいにシミュレーションに引っかかった審判だといえなくもないわけです。

こういう問題が記事になると ルールがこうだからあれは間違いじゃないという人が多数出てくるのが日本の現状です。
そういう意味でも国民性からも本来日本人はサッカーという競技に向いていないんですよ。
人を欺くことがこの競技において重要なわけですから正直であれという日本の思想から遠いサッカーは向いていない。
まぁだからと言ってサッカーはダメというのではなく受け入れつつ日本らしいサッカーで勝つことをおいらは望んでいるんですが・・・。

話を戻しますが、家本氏はこのSNSを辞める理由についてわざわざサッカーのルールブックの一説を持ち出しあれは間違っていないといいたかったようです。
だからこそ、おいらは審判でありながらサッカーの審判の大事なことを理解していない人なんだなと思うわけです。

サッカーとかスポーツってのは基本的に審判は添え物で本来自分たちがジャッジしていくものだったはずです。
たとえ誤審があっても公平で流れを切らないジャッジをする人なら選手からも関係者からも、またサポーターからも認められると思います。
ルール通りにさばけないのがサッカーだと理解できていないで自分を正当化するときだけルールを持ち出す人は信用できません。

また、現状でJリーグの誤審は相当多く、質が低い審判に試合をゆだねているわけです。

そういう中で一つ言えるのは、家本氏などルールでこうあるからあれは間違っていないというような査定が協会にまかり通っているから質の低い審判が横行してしまうように思えるのです。

おいらは誤審があることに対して問題はあるとは思っていますが、それよりも選手や関係者、サポーターが審判に対し疑念を持ちつつ試合をさせられることのほうが大いに問題だと思っているのです。

ルール通りだからと問題を隠したり小さく見積もるのではなく選手と会話し公平に毅然と判定を下せる人が審判であるべきだと考えます。
そういう意味でもいまのサッカー協会はどこか偏っていると思わずにはいられません。

サッカーを見ているうえで嫌になるのが審判が目立つことだろうと思います。
ファールが多くなれば選手に注意をし適切にカードを出し、あとは流れをできるだけ切らずにプレーをさせる審判がジャッジする中選手たちのプレーが見れることが大事なのです。

おいらはサッカー関係者は海外を多く見ていて本質はわかっている人がいると思う反面、日本人の事なかれ主義的な部分で大きく日本サッカー界の利益を損なっていることがあるように思えてなりません。

最後にもう一回書いておきます。
サッカーってのはルールを最小限に守るスポーツである。(いや、守るべきなんですけどね)
ルール、ルールいうやつがプレーしたり判定を下すべきではないと思います。
少なくても外国人で日本人ほど厳格にルール、ルールいう人は少ないんじゃないかな。

大山鳴動して鼠一匹
2016年12月03日 (土) | 編集 |
日刊スポーツのネット記事に出ていた記事に出ていた。

小池知事のオリンピック関係で大騒ぎして会場も全部元通りで進むことに対してこう言った言葉を使い知事に質問した人がいたらしい。
当然、知事からは反論されたらしんだが、記事ではどこの誰がそういう質問をしたかさえ書かれず知事はネズミに例えられたことに不快感を示したらしい。
実際、個人的にこの問題でワイドショーなどで政治的に小池知事の3敗といわれることにおいらも大いに違和感を持っている。
おいらはひるおびなどで主に情報を得ているが専門家が政治的な見方でこの記事同様に3敗などという一方でゲストの中には小池知事が実際に経費を大きく削減したことなどを評価している場面もあることこそ評価するべきことだと思う。

加えて、小池知事の起こしたことで今後のオリンピック招致についてより慎重に議論されることも大きな功績だと思う。

それに、最後に残った有明のバレーボール会場になったとしても川淵三郎氏などによりおんがくぎょうかいなどから資金を供出されるような意見も出ていることなども考えれば大きな成果があったといえるのだと思うんだ。

一つにはオリンピックが終わってから使うであろう人たちが費用を負担するという言葉を引き出したわけだからね。

これまで競技連盟などオリンピックを機会にここぞとばかりに会場の新設を訴えるばかりだったわけだが設置にかかる費用の一部を出すところまで考えを引き出したわけだからね。

ある意味、小池知事の一連をたとえて大山鳴動して鼠一匹ならば競技連盟はオリンピックに集るハエに感じれる。
競技をする場所が増えることは競技関係者にとってどれほど望まれていることかはよく理解ができるが、とはいえ、あくまでも他人の金に群がっていることにはあ変わりはなくそこには節約の気持ちも存在していない。

Jリーグのガンバ大阪が新競技場を作る際に知恵を絞ったことを知っていれば今回オリンピックの競技場がいかに知恵のないことかはハッキリわかるはずである。

先日の4者協議で森氏が圧倒的に優勢だったという専門家の見方が多いわけだが、それは仕方がない。
理由はそもそもがオリンピックに集る国内の連盟に加え国際連盟にしたって競技場ができることは望ましいことなわけだから元から小池知事は不利な場所にいるわけだ。
そうした中経費の削減を勝ち取っている小池知事は普通に評価されるべきだろう。

オリンピックに携わる多くの人間にとって予算など他人の金である中、小池知事だけは懐の心配をしている当事者なのだから本来世論は小池知事を応援するべきなんだが、世間に伝える有識者といわれる人たちはいずれも自分たちの利権の中にいたり、あくまで政治的見方をして視聴者に伝えているのだから世間とずれているとしか思えないのである。

実際に4者会談後に小池氏はニュースステーションだったかに出演した際に、ほかの方々は(横浜で)できない理由を考えておられるが私はどうやったらできるかを考えていると言っていた。

まさにこれが他人の財布の人間と自分の財布の人間の違いだろうとおいらは思う。

メディアは良かれと思い指揮者に解説をしてもらっていると思うんだが、ことこれに関しては政治色よりも小池氏が節約した経費の効果をもっと素直に取り扱うほうが庶民感覚にマッチしたものだと思うけどなぁ・・・・。

ことさら、小池氏を扱うことに対し政治色を考えることもいいけれど(おいらは都民じゃないけれど)都民のためになっているかどうかを取り上げるほうが自然なことだと思うわ。

ついでに書いておくが、今回のは署名記事だったが最近は署名のないくそみたいな記事が多くなっている。
すでにネットに書かれたことをさも新しい記事のように書くものも多くそういう意味でも新聞やテレビといった関係のニュースの質は落ちていると思う。

もう一つ、ASUKA氏の件でタクシーの映像を使ったものがあったが、映像を供出したタクシー会社はもちろんだが、それを使う番組のモラルも大いに問われるべきだと思う。
気にしない人はそれでもかまわんが、少なくてもあれを見てあの会社を使いたくないという人は多いはずだし、すいう内容のものを供出させ増してや放送する番組はいかがなものかと思う。
視聴率や話題性がほしいのは理解はするが、局の中であれを使うモラルがある人はいないのか?という疑問は当然沸く。

別件だが、あの番組に対し常々思っていることがある。
それほど見る番組ではないのだが、ほとんどのメインMCが立っている中、あの番組だけはMCが座りゲストの解説者が立って進行するのである。
非常に違和感を覚える。。。。。。。。