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正直酷いよね・・・
2015年07月20日 (月) | 編集 |
いまフジテレビで安倍総理と安保法案について話をしている。

正直酷いよね。
何が酷いかっていえば まずはいまどき徴兵制度がおこなわれるのか?などという話が多く出ている。
もう一つ、パネラーの声にも安倍総理が戦争ができる国にしたがっていると懸念する各内外のメディア関係者がいるわけだが外交政策はどうか?と言っていた。

馬鹿ですか?
総理は中国、韓国、北朝鮮以外について理解を得賛同いただいていると言っている。
これが安倍総理がやってきた外交だろう?

そもそも国内外のメディアの偏見は正直あまりに酷いだろう。
戦後、世界で最も平和な国の一つである日本が戦争をする懸念など 日本人に対する敗戦国としての差別でしかない。

大東亜戦争について日本が戦争を起こした責任を問う声の表れかもしれないが過去において多くの欧米の国が奴隷制度などの間違いを起こしたわけだが 日本だけが今もって過去の行為を懸念され欧米が愚行を犯す危険性を全く感じていないことが不思議で差別的でしかないだろう。

ついでにフジの社員が憲法違反についてやたら攻め込んでいるし野党との合意の模索をさぐってみては?といっているが そもそもあなたがたメディアや野党は廃案にすること以外は考えてないだろ?

唯一、その通りだと思えたのは国会では合憲か違憲かの議論ばかりで中身を議論していないではないかというくだりだけである。

仮に議論で来たって前向きに議論ができるとも思えない。
ちなみに本来ならテレビや新聞などのメディアこそが正しく情報発信できていればいまどき徴兵制の導入の懸念などありえないだろう。

正にメディアは反対する意見をぶち上げることが優先であり法案について正しく説明することすらしていなかった現れじゃないか?
この状況で自民党や安倍政権への問題にするのは自分の責任を放棄したうえで単に反政府であり続けるというのに等しいと思うわ。


最後にでていた憲法改正の上で行うのが筋というのは正しいが 今のままのメディアでそれは無理だろう。
ネットで情報を正しくえれる人ばかりではない中 上で書いたように政策や法案の中身をメディアが正しく伝えることができない中では国民の拒否反応は仕方がないだろうね。
つまりは与党に反対するしか能がない野党とメディアしかいない今では理想論は無理でしかないということだ。

残念ながらさすがに本音はテレビでは言えないわな・・・・・。
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結構マジで・・
2015年07月19日 (日) | 編集 |
安保関連法案について 政治家やメディアの反応に疑問を感じています。

内閣支持率が下がってついに不支持が上回ったとテレビなどで言われているんですね。
おいらから見れば当然の結果ですが それに関してはそこに至る過程の問題を強く感じているわけでエス。

沖縄の基地問題などもそうなんですがメディアなどは反対派などの声は拾っているんですが 逆に賛成派の声を届けるのもメディアの務めなんじゃないかとおいらは考えるんです。

例えば共産党の人間などがよく少数意見を取り上げろと声を上げているわけですが 議会制民主主義では選挙によって議員が選ばれていて国民の代表として議会で議論が行われるわけですよね。
したがって国会での議論は民主主義の縮図なんだと思うわけですよ。
まぁおいらは正直いって今の政党政治が正しいとは決して思っていないわけですが おいらの気持ちがどうであれ 今の議会政治はそういうもんなんですわ。
そこにある感情は置いといても所謂強行採決も法律で決められたルールなわけですから それを否定していいものではないはずです。

ちなみに野党は基本的に所数意見を拾えと言っているわけですが沖縄の選挙結果などではあくまで数で上回る声にしか焦点はアテナイの野党やメディアのルールのようになっているわけです。

仮に少数意見に焦点を当ててみれば沖縄にいる基地賛成派の声ってのも本来はメディアは取り上げなければいけないもののはずですよね。
ところが実際は基地反対派の声ばかり取り上げるから沖縄に住む賛成派は声を潜めるしかなくなっていて沖縄県人同士でも大ぴらに語るのがタブーのようにもなっているようですよね。
賛成派はメディアに顔を移されることを嫌っている様子が某番組などでも見受けられているわけです。

ちなみに安保関連法案について個人的には国会で議論している様子などを見ても議論する意味をおいらは見つけられずにいるわけです。

何故かと言えば基本的に法案の整理tを考える与党と反対する野党の考え方の違いの溝が埋まるとは思えないからですね。

何故溝が埋まらないかといえば与党が言う抑止力という発想に対し野党が言う戦争ができる制度作りという点で根本的な考え方の違いがあって発想の始まりが違いすぎるためにおいらには埋まらないものにしか見えないわけです。

反対する人に共通して言われることですが 戦争が起こる前提って何ですか?と聞いてみたいんですわ。

おいらは戦後から今に至る日本の考え方に立って考えたときにあくまで日本が考えていることが日本に対して戦争をする気にさせないことを考えるのが今の与党の貨案替え方だと思っているわけです。
警察が拳銃などの武力を持っていることで警察に対して暴力に訴えることがないようにするというのが考え方だと思うわけですね。

ところが反対する人はどうやら日本が戦争をしたがっているという搬送になってしまう事が大いに問題なんだと思うんですよ。
警察が武器を持つことに疑問がないなら日本が集団的自衛権を承認したってなんら問題はないはずなんですわ。

日本が、また同盟国のアメリカが自らの意思で戦争をするという発想ができてしまう事が多いらにとって理解しがたいことなんですよね。
実際は日本にしたってアメリカにしたって戦争に対し極身近に感じることはあるかもしれませんが それは過去においてアメリカが世界の警察を自認してきたこともあることに起因するもののように思えるのです。
そのうえである意味アメリカの利益に立ったものの考え方がそれに反発する人たちとの利害関係で危機的なものになることが懸念されるのだと思うんですね。

おいらはそこで考えるべきことは そのアメリカの利益ってのは日本にとっての不利益なのか?という事を考えるべきだと思うわけです。
少なくてもアメリカはアメリカの国益に正直で ある意味そこには日本の国益よりも優先するものはあるだろうとは思いますが 今現実的に日本が抱える脅威などを考えたときに 少なくてもそういうアメリカであってもまだ日本と同じまたは一番近い思想の上に立っているという認識があると思うんですよ。
日本の脅威を考えれば何一姿勢を貫いている韓国や価値観が日本とは違う中国やロシアよりもアメリカは同盟国として価値観が近いという事が大事なわけです。

で、おいらとしては日本およびアメリカから戦争を仕掛けることは基本的にあり得ないという考え方なんですね。
ところが安保関連法案に反対している人たちは不思議なことに価値観が一番近いアメリカによって日本が戦争に舞いこまれる、もしくはアメリカの利益(と言っても基本的に国連の考え方と言ってもいいほどのことだが)のために日本が戦争に巻き込まれ戦うようになるとどうやら考えているようなんですわ。
実際にアメリカは紛争地域にどこにでも行って戦っているわけですから不安になるのも仕方がないかもしれません。

しかし、そこでもう一つ考えることが必要でアメリカが戦っているところのほぼすべてでアメリカ以外の国も同時に戦争行為をしているという事実についてです。
おいらはそこで行われる戦争行為について世界秩序と言っていいのかわかりませんが 共通認識でのルールを守るための控井だと理解しているんですわ。
日本はこれまでそういう場所では後方支援やお金だけ出すというやり方をして自分の手は汚さないでいたわけです。
それも、ある意味 スイスのようにどちらの側にも立たずに自分たちは独立しているというものではなく アメリカに守られているにもかかわらず そういうところに行くアメリカを批判的に見ていたのが日本なわけですよ。
スイスはどちらにも立たない反面徴兵制も取って自分たちの身は自分たちで守るという姿勢でやってきたのに対し日本は全く違っているわけです。

世界で起こることに対し日本も善悪の判断をし行動をするべきだとおいらは考えています。
それは武力をもってその対処をしようというのではなく日本にできることをやるという前提の上で 場合によっては武力も含めて指導力を発揮するべきだと思うだけなんですわ。

ちなみに初期の議論でも今言われている集団的自衛権の範囲として日本と全く関係がないところにおいては同盟国のアメリカが攻撃されても適用範囲外であるという前提があっての話であることは言うまでもない。

おいらとしては与党が言う自衛権としての集団的自衛権を尊重しているわけでしかない。
どこから戦争ができる法案という認識になっているのか全く理解に苦しむ。
自衛権ってのはある意味喧嘩を売られた場合の想定でしかないはずなんだが・・・・。

集団的自衛権の範囲を考えたときも日本が関わっている中でアメリカが喧嘩を売られたときに日本がアメリカと共に戦うということだろう。
アメリカが喧嘩を売った場合は自衛権ではないというのがおいらの認識であり 仮にアメリカが喧嘩を売った時には その善悪をもって適用を判断するんじゃないだろうかね。

もう一つ大事なことは 事の善悪と関係なくアメリカに守ってもらいながら陰に隠れていることを良しとする気持ち自体がおいらにはまともな考え方ではないように思えて仕方がないのである。

安保関連法案ですぐに戦争に結びつける人に聞きたいのは戦争にかかわる事態が起こるときにどういう前提でそういう行為に至ると考えているのかを問いただしてみたい。
おいらには上で書いているようにこちらから仕掛けるという発想が全くないのであり 戦争を想定する人は日本が、もしくはアメリカが正義のない判断で戦争を仕掛けるという事を考えるのであろうか?
もしくは売られた喧嘩に対しアメリカにすべてを任せて自分は陰に隠れているという考え方なのであろうか?
アメリカが関わったことで巻き込まれることが怖いのだろうか?
一部ではアメリカが正しいとは言えないかもしれないが そこに至る部分で過去よりも日本がアメリカに対し堂々と意見を言えるようになるための法案が成立すればアメリカの考える正義を日本がより世界的な正義にしていくことも可能になるものだとおいらは考えるんだがなぁ。

まぁとにかく平和主義者のほうが右寄りの人よりも戦争が起こることを無駄に想定している気がしてならないわ。
しかし戦争ってのは原因になりうるものはどちらにも存在しているかもしれないが行動はどちらかが起こすのであっておいら的には少なくても日本が起こすことはないと思っている。
またアメリカが起こしたとしても正義はアメリカにある(もしくはアメリカは国連側にたっているだろう)と考えている。
ついでに日本の脅威になりうる国よりも 少なくてもアメリカのほうが価値観が日本に近いとおいらは考えている。
価値観ってのは本当に重要でぎろんってのは少なくても同じ価値観がないと行えないものだと思っている。

世界遺産を巡る話でも韓国と日本は調整をしたが最後の最後で裏切られた感があるわけだが 日本と韓国の話としてはこういう事はいつだって起こるのだ。
日韓基本条約が締結されているが韓国は何度も無視するかのような話をしてきている。
村山談話や河野談話の前提もこういってくれれば今後この話題を蒸し返さないというのがまず裏切られているし 誤っても彼らの都合で何度も蒸し返されるのである。
なぜそんなことが起こるかと言えば彼らには日本人とは違う価値観があるからだろう。
それがすべてである。

安保関連法案の議論も似たようなもので議論してもことここに至る価値観が違っているために結局議論しても無駄だと思う。

なでしこ...
2015年07月06日 (月) | 編集 |
残念でしたね。

でもこれが正当な結果でしょうね。
もう一回やれば違った内容でもっと競った展開はあるかもしれませんけどね。

この試合ではアメリカがやることのほとんどがいい結果になっていたのに対し日本はいい展開をしていてもポッカリ穴をあけてしまったような展開になってしまったね。

前半の16分で4点を失ったのに対しその後の時間だけで見れば(これも公平じゃないけどねw)2-1だという声もあるが 普通に見れば前半が1-4で後半が1-1だと見るのが比較的公平だろうね。

準優勝だったが日本らしく戦えていたんではないだろうかね。



さて個人的には佐々木則夫監督は好きではないんだがw。

基本的に監督の好みの選手に特化した使い方だとおいらは見ていて そのうえで若手を代表で使いそこなったとおいらは考えている。
代表の監督の選手選考や戦術ってのは当然のことだが監督の好みが出てしまうもので おいらには佐々木監督の好みが合わなかったという事だろうね。
おいらがいつも書いていることは戦術に選手を嵌めることはあるだろうがそこにあっても基本的に選手を最大限生かすことがおいらにとっては大事なことだと思っているんだな。
裏を取るのが得意な選手とスピードが合って前にスペースがあったほうが得意な選手など戦術に当てはめるだけよりももっといいプレーが出来る要素になると思うからだ。
だからザックが東アジアカップ高の前に同じチームの選手を同時に使わないなんてのはおいらにとってナンセンスでしかない。
ドイツはバイエルンの選手が多く選ばれるメリットを当然考えているしスペインのバルセロナも同様だろう。
日本の選手の質では連携より個人の資質に重きを置くのも仕方ないという人もいるかもしれないが 個人的には大久保がフロンターレに行って爆発したように また岡崎もチームが変わって使われ方が変わったことで活躍できたように ようは選手なんてのは使われ方に相性が加わったもののほうがよっぽど大きく影響すると思うんだわ。

戦うに際して戦略・戦術は重要なのは間違いがないが そこに加えてピッチに出ている選手に合わせた戦術が使えるようであるべきだとおいらは考えているんだわ。

ちなみに佐々木監督の大野選手を使いたがるのがおいらには理解できないでいる。
いい選手なんだろうが国際大会での相性は良くないように思える。点を取ったりアシストと言った目に見えるもの、アシストにつながらずとも点に絡む動きがあったか?と見ても惜しい・・・というとこまでで終わってる印象なのだ。

一方で川澄などは出る時間も短いがアシストなど結果を出しているが点が取れていないということで評価を下げているかもしれない。もっとも、おいらから見れば点を取れない理由は右サイドで使っているからに思える。
2011年に彼女がブレークしたのも右サイドでプレーしていたからだと見ている。
アメリカ戦での宮間は左サイドに張っていて効果的な面も見せていたが おいらから見れば左サイドに宮間がいるのと川澄がいるのとでどちらが効果的かということが大事だと思う。
川澄も右サイドでアシストの結果はだしているわけだから悪いわけではない。
が、なでしこが決勝以外のすべてが1点差の試合になった原因は得点力不足であり その原因の一つが川澄を右で使ったことだとおいらは見ている。
川澄が左に入れば宮間が真ん中か右にいくわけで そのことで違った流れができた可能性があったと思う。
佐々木監督は選手に多くのポジションを求めボランチなどは多くの組み合わせも試合で試し それが原因で押し込まれる場面があったのに対し 川澄を左で使うということは試すこともなかった。

またプレーに関してもこの大会に限らず佐々木監督がプレーする選手に縦への速さを求めていたことは試合を見ていれば理解はできるのだが 個人的にはそこでもつなぎに関しておいらは大いに疑問を感じていた。
宮間と言えど長いパスでは精度が落ちるわけでパスがズレ相手にプレゼントみたいな場面も多く目にしたわけだ。

おいらとしては縦に早くはいいけれどせっかくの日本の強みがパスにあると言われているなら精度の劣るロングパスをするよりもダイレクトパスをつなぐというような形に行ってほしかったと思っている。

まぁなんだ、2011年のメンバーが多く呼ばれていること自体が正直それほど気に入っていないんだな。

高校レベルでいい選手が沢山出てきている昨今に なんで前の選手がこんなに多いねん!ってw。
おいらから見ればなぜかと考えれば 若い選手を使っていい結果が思ったほど出ていなかったからなんだろう。
しかし、おいら的に考えれば若い選手が生きる戦術を使ったか?という点で大いに疑問があるわけだわ。
従来のベテラン組のやり方に若手を合わせようという考え方がそもそも間違っているんじゃないかとおいらは考えている。

まぁ佐々木監督への不満を言っても仕方がない。
すでに佐々木監督の続投は決まっているしね。