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久しぶりの国会中継。。
2013年01月31日 (木) | 編集 |
いやぁ相変わらずバカが多いね。

アルジェリアでの事件で憲法改正に弾みをつけようとしてはならないという意見をぶつける話がでていた。

邦人救出のためになどという理由で加速させることがあってはならないなどといっているんだが、さて 反対している人たちはそういった事態に陥った際にどうするという具体的な方策なども示さずに批判をしている。
これは批判のための批判でしかない。
具体策に欠ける意見など意味など持たないのではないかと思う。
政府は有事を想定しなければならない。これが危機管理だろう。
野党が反対しようがそのことは政府の責務である。政府に反対するなら具体的な方策ぐらいは示してほしいものだ。

しかし政治家にそれを望むのは無理なのだろう。
政治家に期待してはいけないのだ。。。。。。
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おそらくはマスコミが・・・
2013年01月31日 (木) | 編集 |
サッカーのU-18の監督になったっ鈴木氏のコメントに体罰を一蹴という記事が目に留まった。

おそらくはマスコミが今話題の体罰についてどう思うか?などと聞いたのだろう。意識の低い話である。

どの世代であれサッカーの代表クラスでは体罰などそもそも必要のないレベルだよ。
理由は簡単、競争が激しいんだよ。
なにも体罰指導などしなくたってダメならほかの選手を使えばいいだけのこと。

体罰の指導ってのは変わりが利かない選手などにはあり得るのかもしれないが、今のサッカー界ではそういう選手はそうそういない。
しかも、変わりが利かない選手ってのは総じて意識も高いのだ。

日本の体罰がダメって風潮があるように思うんだが、裏を返せば殴ってでも使いたいってことなんじゃないかと思うんだけどな。
そういう面では海外は冷徹だろう。
見限れば切り捨てられるだけだ。それだけ競争も激しいという事なんだと思う。

日本でだけ体罰がたくさん起きるとすればそれは日本人が一人一人と向き合うからではないかと思う。
海外なら単純に切り捨てられるんじゃないかと思うからね。
もし今の時代はそれでいいというのならそうなるのも仕方がないと思うけどね。

おいらは日本人で海外を回っている選手たちの多くは体罰とは無縁の生活をしていると思っている。
スケート選手などウインタースポーツで海外を転戦している人やビーチバレーで海外を回る選手などがそれにあたるだろう。卓球にしてもそうだしバドミントンなどもそうかもしれない。
数少ない例外が柔道などだろう。
基本的に結果が出なくなればツアーなどから落ちるためにもともと多くを犠牲にしてツアーを回っているのだ。
誰よりも結果にこだわった生活に慣れていることを理由にあげたい。
そこには体罰など全く必要がない世界だと思う。
例外の柔道などは世界で戦うよりも国内で勝つことが難しい。しかも、年々競技レベルが上がる続けている中コーチなど肩書がすごいのが柔道なんですよね。
元全日本チャンピオンなどが当たり前だ。選手よりも実績があるのだから選手も言い返せない。
ほかの多くのスポーツなどは今の時代のほうが競技レベルが明らかに上なんですよね。
そうなるとコーチは選手と一緒になって最善を模索するのだ。コーチでさえも未知のレベルにいっているのだから
これが正解などというものがないのだ。

柔道と同じような境遇にあるといえるのが相撲だろう。海外との対戦などというものはないが、外人力士に体力的に負けている。親方は過去に実績を持つものが多いしおそらくは数少ない競技内容が停滞しているスポーツと言えると思う。昔の選手と今の選手を比べて昔の選手が強かったかもなんていえるのは停滞している証拠だろう。

まぁなにはともあれ先日の佐々木監督の話といいこんかいの鈴木監督の話といいサッカー界がわざわざ口に出すような話だとは思えない。(なんせ中学や高校の指導者には体罰やってる人だっているかもしれないのだからわざわざ口に出す必要はないだろう)

マスコミがわざわざ聞き、こうやって記事にすることに意識の低さを感じるね。

勘違いしている大人が多いんだろう。
2013年01月30日 (水) | 編集 |
NHKのニュースで甲子園にいく学校の話を取り上げ、最後にキャスターが顧問が社会の先生であることを受け教育者でなければいけないのでは と付け加えていた。

物事が見えていないんだろうなぁと思う。

柔道でも告発があったらしいが、そんなものは小さなことでしかないだろう。
このような例などスポーツの世界だけでもないだろう?
柔道では死ねといわれたなどとあるが、どこかの大手居酒屋チェーンのトップだって同じように死ねといっているではないか?
こういう状況が続けば本当に楽しいことになりそうだ。
不謹慎は発言だが、自分たちの矛盾に気がつく助けにはなると期待するのだ。

社会では日常的にこのような話ってのはあるんじゃないんだろうか?
ノルマが達成できずにこういう声をかけられたという人は少なくないんだろうと思う。

ちなみにだが柔道男子ではさすがに声を上げる人はいなかったようで少し安心した。
女子がやられているのに男子がやられていないと思っているわけではないことは付け加えておく。

コメンテーターがなでしこジャパンと比べた発言をしていたが、見当違いだと指摘しておこう。
柔道は個人競技でありサッカーは団体競技であるし、サッカーで負けたからと言って柔道で負けるほどのプレッシャーがあるとは思えない。ついでにいうとサッカーも柔道と同じ形のトーナメントなら日本がここまで活躍するかどうかもわからないのだ。比べるんじゃねぇと思う。
サッカーでは競争相手も多く、しかも補欠も含めた総合力で戦うものだが柔道は違うのだ。

どう考えたってスポーツに対する姿勢が違う人間が全てわかった風な口を利くのは間違いだと思うね。
人それぞれで価値観は違うのだ。
もし本気で問題に取り組む覚悟があるのであれば学校教育での部活など基本的に争うことをやめればいいのだ。いまの高校などの部活ってのは一部の人間には就職や進学に結びつく競争の場でもあるのだ。
学校教育の場ということで規制したいのなら学校教育の場とは別に競うあう場を設けることもやるべきだろう。それともアメリカのように大学まで競い合うことを制限でもするしかないだろう。

日本の部活ってのはスポーツ人口を支える手段にもなっており、そこで目立つ選手には先ほども上げたように進学や就職の手段にもなっているのだ。
基本的に体罰を容認しているわけではないが、(正確には暴力なんだが)結果が残せる指導者は優秀だと思うよ。スポーツを強くすることで学校の経営の手段にしてきた大人がいるのだから正直いまさらな話だと思う。
いまは告発もありーの、調査で判明もでてくるんだろうが それにしたって一部しかわかるまい。
そして、また同じ問題は浮上するのも間違いはない。

体罰とは何ぞや、体罰は品等に駄目なのか?について少数で議論して結論を出したって無意味でしかない。
自分たちが今やっていることの意味などもう少し冷静になって考えるべきだとおいらは思うぞ!

維新の会はネジが足りないのだろう。
2013年01月29日 (火) | 編集 |
桜宮の件では橋下は自分の考えを変えることはないだろう。
そういう人間だ。どういう人間かといえば、口に出した言葉は簡単にひっこめない、言い返されたら話をはぐらかし引き分けに持ち込もうとするタイプなのだろう。
わかりやすいのが桜宮の生徒が教師を残してほしいという訴えに対する姿勢だろう。
最近、桜宮応援団なるものができたらしいが、そこでも体罰を容認するとはでていない。むしろ体罰は無くすと言っているのに橋下の口から出る言葉は体罰容認でおかしいというのだ。
これは事実に反する。
暴力により自殺に追い詰めた教師だって行き過ぎはあっただろうが、自殺させる意図などなかっただろう。
見て見ぬふりをしたと言われる教師なども同様だ。
橋下は自殺したという結果が重要だといっていたが、そんなものが重要なのではないんじゃないんだろうか。
だって、自殺した生徒の気持ちが正確にわかる奴なんかいるんだろうか?
おいらにはいないと思われるんだよな。
こういっちゃわるいかもしれないが、橋下など絶対にわかるまい。
体罰を与えた教師に対し歯向かいかねないし、恨んだらそれこそ裁判にでも持ち込みそうな感じさえする。
自殺した生徒の気持ちが一番わからないタイプだろう、ところがマイクの前に行けば自分はわかっているとでもいうかのようにしているのだ。

おいらは前から書いているが、橋下は在校生を気遣った発言をしていない(形式的なものはあるかもしれないが)、逆に洗脳されているかのように批判の対象としていることのほうが多いのではないだろうか。
彼にとっては在校生や受験生より大阪市のメンツのほうが大事なのだろう。
ああ、これも正しくないな。大阪市の教育委員会などはやり玉にあげているわけだから、自分のメンツが大事なんだろう。だからこそ体制が整ってから教育を再開したいみたいな発言がでるのだろう。不完全なままでやってなにかあったら自分の名誉にかかわるとでも思っているのだろう。
非常に橋下がわかりやすいのが批判の対象である教育委員会の入試は普通科に変えてやると言った時の反応だろう。
本来これほどの事件であり、学校や教育委員会が批判されるのは以前にも申し立てがありその際の対応がまずかったことがある。教育委員会は学校ともどもに批判の対象なのだ。
ところが入試などの決定権が教育委員会にあり、その結果が普通科で行うというもので橋下はまぁ妥当だとくちにしている。
おかしな話だ。そもそも批判の対象が決めることにもっと異議を唱えるべきだろうし、おそらく入試を行うとなっていればそうしていたのは誰が考えてもわかることだろう。

ネットで本日の午前にテレビで橋下と小倉智明などがやり取りをしたと書かれていたが、言葉を選ぶテレビでは離れした橋下にいいようにやられたのではないかと想像する。

在校生にとっての部活の占める位置など小倉などにうまく言えるはずもなく橋下の妄想の中の独善には立ち向かえなかったのではないかと思うのだ。
橋下は物事のすり替えが非常にうまい。
在校生やOB、父兄を悪者のしてでも自分の考えが正しいと主張してきている過程を見ればわかるではないか。
教師と一緒にやりたいと言えば体罰容認にすり替えている。体罰は無くしてという彼らの声など無視しえ都合のいいように世間に発信しているのだ。
橋下は生徒も親も反対意見も説得できていないのだ。
行き詰れば選挙で落とせという。しかしこれって実は選挙まではこのままやるといっているだけでしかない。

自分の矛盾は誰にも反論をさせないという姿勢でしかない。
なにせ、そこを突かれると内容をすり替え別の話にもっていくタイプの人間である。

話は少し変わるがみんなの党に対し渡辺代表にもう少し大人になってと言っていたが反論されると言葉を和らげつつ話をそらしている。

おいらがハッキリいってやろう。維新の会の勢いは捨てがたいが橋下がバカで敵を作るから一緒にはやりたくないんだよというのがみんなの党の本音だろう。
同類とみられることが嫌なんだな。
言い換えれば維新の会から橋下に対して異論がでていないことから維新の会は橋下の同類とみなされているということだ。
ちなみに、桜宮の問題では大阪市議の中の3党からは市長に対し要望書が出ていたはずだ。
市長、やりすぎですよという内容だったはずだ。橋下は一蹴したんだろうが。
なにせ決定権は教育委員会で橋下の意向をくんだ形になったのだ。
これには市議といえども反対できないみたいでそのように進んでいるということなのだろう。

大阪で橋下を勝たせてしまった市民の責任が今になって表れたということなんだろう。
おいらはそもそも大阪の人間ではないので放っておいてもいいのだが、それではおいらの気持ちが納得しないのだ。

人が言えないようなので代弁すると、自殺した生徒の気持ちや親の気持ちを考えろというやつらは馬鹿なのだ。
自殺で本人的には問題が解決するのだろうが、そのことで仲間も含めた大勢に迷惑をかけていることを忘れてはいけない。およそ人の道などと日本人が説教するときに何と言われるか考えてみろ。人様に迷惑をかけるな!と教えられていないか?今回の自殺は多大な迷惑をかけただろう。こんな自殺を認める気になど絶対になれない。
気の毒には思うが、やり方は絶対に間違っている。まだまだ抵抗する手段はあったのだ。
おいらには理解できないし理解したくもない。親御さんはもう少し複雑だよね。
本人の話を聞き親としてできることをやろうとしていた様子は見れると思う。結果は残念なことになったが、その後のことは微妙にわかりません。
ただ、言えることは橋下がぶち上げたやり方のせいで自殺した生徒は言われなくてもいい人から(おいらとかだな)悪く言われるのだ。親御さんたちの目に留まることや耳に入らなければいいのだが、目にしたり耳にしたりすることを考えれば同情はするが、それ以上のことはない。
親御さんのことを考えろという人は在校生のことや受験生のことなどは二の次でいいと考えているのだろう。
仲間を失った在校生はその状況の中でもさらに橋下などによって追い込まれているのだ。
親の心配はできるが在校生の心配は出来ない人間の発言など気になるはずもない。
逆に橋下支持の声で親の気持ちなどと言われれば反発するだけのことでしかない。

おいらもこうやって書いているが普通に生徒を普段の生活に戻す努力を皆がしていれば自殺した生徒を悪く言うことも親御さんに対して在校生などと比べることも全く必要のないことだったのだ。

桜宮の問題では良い指導者とはというものが議論される部分があったが、それからすれば橋下はダメな指導者でしかないことがわかる。
誰も説得できていない。説明できていないのだ。
それでも持論を通そうというのだ。体罰教師と同じやり方をしているのに本人やその仲間はそれに気づきもしていない。
さきほど少し触れたみんなの党とのやり取りについても自分たちから振っていったということすらもう忘れているかのような発言をしているのだ。まるで振られたことに対して発言をしているかを装っている。
頭のネジがいくつか足りないのだろう。
それともいつも書いていることだが、政治家って人種は常に自分の考えが正しいとしか考えられない素敵な技能でも持っているのだろう。
おいらは普通の人間(ちょっと変わっているとは思うが)でよかったと思う。

おいらは頭が悪いから。。。。
2013年01月28日 (月) | 編集 |
円安になって喜ぶってのは間違いなようにしか思えないんだよなぁ。

韓国のような国がウォン高になって苦しむことは理解できるんだけど。

韓国の場合でも考え方によっちゃ悪くないはずなんだ。
韓国は外国の特許を使うばっかりの国であり自国の通貨が高くなれば支払いは楽になるんだよね。
ネットで見ただけなんだが日本のオークションサイトや通販サイトでは韓国からの注文が増えているとも聞くんですよね。使う側で考えれば通貨高ってのはありがたい話なわけだ。
韓国の場合、問題は製品を組み立て輸出しているところにあるのだろう。
GDPにおける輸出の比率が高いわけでドル建てで契約をすれば国内に入るお金は実質的に目減りしてしまうことが問題なんだろう。ウォン建てなら売値が上がってしまうための競争力が落ちることになる。
とはいえ、韓国ってのはメーカーの売り上げが上がれば上がるほど対日貿易赤字が膨らむ国だったのだから対日貿易に限って考えればウォン高ってのも悪くないはずなんだよなぁ。
韓国製品が日本でも競争力があれば一番高い製品を輸出する韓国に有利に働くはずなんだが、残念なことに韓国は日本での競争力は携帯電話ぐらいしかなかったのだろう。
ウォン高のメリットは輸入に頼るものにしか働かないのだろう。
EUやアメリカなどの市場に輸出するときには競争力の低下のほうが影響がでかくなるのでウォン安は響くんだろう。

これはこれで納得できる。

しかし、日本はちょっと違うはずなんだよなぁ。
日本の場合GDPに占める傍系による利益ってのは2割にも達していないのだ。
海外で商売をしている企業の大手などはすでに現地法人なども設け生産も海外でやっているわけだ。
部品を納める中小企業にも海外での生産などを押し付けたりして円高対策をしてきているはずなんだよね。
日本の企業の所謂メードインジャパン以外は大きな影響を受けないはずなんだよなぁ。

日本は内需で持っているわけで、日本の停滞ってのは輸出が不振とかは一因にはなれど本質的には生産が海外に移ることでの雇用の減少や賃金が上がらないことで起こっているもののはずなんだよね。
円安になれば輸入に頼る資源や部品は確実に値上がりするわけで、これは海外に生産拠点を持っている輸出企業のようなものと違い直接的に影響を受けるだろう。

円高で日本は売上などの減少で雇用のスリム化などをしたんだが、一方では確実に海外に資産を増やしてきているんじゃないんだろうか?円高であり海外の企業買収もしてきたはずなのだ。

あくまで個人的な意見だが、輸出企業がきついのは競合する企業の通貨が安いことによる影響のほうが原因なんじゃないんだろうか?円高基調のまま単純にウォンや元が高くなるだけで競争力ってのは維持できるんじゃないんだろうか?

まぁ大手が自分達にとって不利なものについて発言し下請けを泣かすことはいつまでたっても変わらないとすれば円高で泣かすよりは円安で下請けの競争力が上がるメリットは少なくないんだろうが。

大企業が円高でも円安でも国内の下請けを使い続けるという前提があれば円高のほうが望ましいってことなんだろうと思うのだ。
単純に競合する企業の通貨が高くなればという前提だが。

まぁなにが言いたいかといえば単純に円安で喜ぶのは実はお門違いなんじゃないかというだけのこと。
単純に日本の賃金が停滞から減少傾向に向かっていることを正せば円高は国力が上がることで本来喜ぶべきことなんじゃないかと思うんだよね。

なんかのテレビで見たんだが、ほとり当たりの所得が高いスイスなんてのはアルバイトの時給が3000円とかの世界らしいが一方では1000円で買える昼食が粗末なホットドックを飲み物だけだったんだよね。
賢いスイス人はスイスで稼いで外国でお金を使うらしい。

日本がこれを真似することもないがいわゆる大企業が考え方を変えればもしかすると日本ってのは経済成長を続け自然に円高になっていくんじゃないかと思うんだよね。
景気が停滞している日本が最近までの円高になるのは不自然なことだというのはわかるんだが、円高ってのは本来悪いものではないはずだと思うということだけ言いたかったんだ。
企業だって普通に好調なら円高で海外の企業が買収できたりするわけだろう。

競争力さ維持できて国内でも給料が上がり続ければそういうことにだってなりうるってことだ。
いまや金儲けができる仕事っていえばIT関連か叩かれるが公務員なんだろうが、今までの大企業が実は海外生産を辞めメードインジャパンに戻せば近い将来日本は復活する気がしてならない。
メードインジャパンのブランド価値が高いか低いかが問題なわけで有無を言わさぬ価値さえつけてしまえばいいのではないんだろうかと思う。

大笑いだな
2013年01月28日 (月) | 編集 |
維新の会の橋下が(ずっと敬称つけてたんだが最近はつける気なくした)みんなの党の渡辺代表に対し 自民公明に対抗する組織を作るために もう少し大人の対応を といったらしい。

おいらは笑っちゃったよ。

この橋下って人は状況が見えない音痴だな。

自分がやってるパフォーマンスが問題で みんなの党はずっと合流しないだろう。ということに気づかないのだから笑うしかないだろ。

同じ方向は向いているが別組織だと思われた方が得だという判断をされているのだろう。
当たり前だ。橋下がやることなすことに同類と思われることが嫌なんだろう。

そりゃそうだ。
橋下は矛盾のかたまりだからな。
おいらは橋下は次の選挙で落ちるか相手候補次第では通るが接戦になると思っている。

すでにあきれ果てた言動で自民公明などは次の選挙での支持するか悩んでいると思う。
入試中止に対しては民意ではアンケートなどで半数は反対と声を上げている。残りの半数が賛成とわからないであろう。
橋下の声は支持も得ているがその時々で必ず反対意見も作っているのだ。

個人的意見ではあるが橋下が支持される理由のひとつとしてメディアの伝え方にあるのだろう。
市長を中心に伝えるやり方だ。
橋下の意見はある程度伝えるが反対意見は橋下に直接ぶつけてもいなされた様子しか伝えないのだ。
もしくは反対意見があるとしか伝えない。
これでは自信のない人は私と違うが橋下が正しいのかと思ってしまうだろう。

おいらはすでに橋下の弱点は見つけている。
この人は説明できない人ですよ。
困ったときは選挙で落とせというしかできない人なんですね。
ちゃんと説得できないんです。
そりゃそうですよ、常に自分の意見をゴリ押ししているだけなのですから。
最終的には選挙で勝ったんだからこれが民意だぐらいにしか思っていないのです。
小沢さんと一緒ですよ。
実際に民意にあっているうちはいいんだが、独断専行してくるともはやつじつまが合わない。
すると選挙で落とせというしかないんです。

政策の方向性で仮に一致しているとしても、橋下がなんにでも声を上げ世間から批判を受け続ければ同類と思われるのをためらうのは当たり前だ。

まぁ政治家なんてのは自分は常に正しいと勘違いできる人間にしかできない職業なんだろう。
橋下は撤回するのも得意ではあるが所詮は政治家だということなのだ。

基本、日本人は馬鹿なんだろう。
2013年01月27日 (日) | 編集 |
AKBの河西の子供の手を使った手ブラの問題を小林氏などが批判している。

おいらにはどうでもいい話である。

韓流などでは小林氏なども2ちゃんねらーなどと意見が食い違ったりで双方で好き勝手に議論しているようだが、この国の常識ってやつは本当に不思議だなぁと思う。

いじめ問題などでもそうだが、一方ではイジメに対し厳しい意見や過剰とも思える反応をするのに、テレビで日常的な表現に対し異様に肝要だったりしているのだ。

昨今のテレビでは芸人が頻繁に登場しどうなの?って表現が横行していないかとおいらは懸念している。

体罰にしてもいまと昔ではそもそもの考え方は違っているのだろう。
教師が教師としてやっていくことを教鞭をとるという表現があるが文字通りで見れば教えるムチを取るということだろう。生徒にムチをもって教えると見れるのではないか?
個人的な見方ではあるが海外の映画かなにかで教師がタクトのようなものを持っているのを目にしたことがあるのだが、昔の人はあれをムチに例えたのではなかろうかと思うのだ。

いまでは体罰とはなんぞ?の議論も曖昧に体罰は禁止されている。

テレビの話に戻すが、関西では普通に見ているであろうどつき漫才というものがある。
文字通りボケに対する突っ込みで相手をどつくのである。
NHKで見たのだがイギリスでは体罰に繋がるとハグすらも禁止のところがあるという。
ダウンタウンの浜田など縦社会の吉本など芸人は上には逆らえないのだろう。
芸のうちかもしれないが日常的に上の立場からどついたろか?などと言ったり実際に叩いたりしているのである。芸とはいえ普通に見ればこれってのは立派なパワハラである。
叩けば暴力だろう。
ところが教育者ってのはこういうものには理解があるのか規制する動きはない。

バラエティー番組をみてみると罰ゲームなどが普通に行われている。
罰ゲーム=体罰なのではないんでしょうか?
子供にやれば体罰で大人が了解の下でやればただのゲームなのでしょうか?
こういってはなんですが、大人の世界では仲間内でやっていれば遊びで済むかもしれませんがギャラが発生した中でこうしたゲームをするってのは金を出す側が常に強者であり金を受け取る側は否定することができないんじゃないんでしょうかね?
否定しても良いんですが出演はないでいいね?と言われれば嫌でもやるとなったらどうなんでしょね。
Bチームでもいいか?ときかれた生徒と 嫌なら出演なしね と言われるタレントと同じにしか思えないんですよね。
これを日常的に放送しているのが日本なんですよね。
まぁどこの国もそうなのかもしれませんが、矛盾していると感じない人が多いってのは理解していないでしょう。
簡単に言えば全くのプライヴェートでない状況において力関係なんてものはどこにでも存在しているだろう。

体罰とはなんぞやという議論もないまま体罰を禁止しても、イジメ問題をいくら議論してもいまのままではおおきな改善は無理だろうとおいらは思う。

だって基本的に矛盾だらけなのだから。
構造がそっくりなのにあれはいい、これは駄目とやっているだけにしか おいらには見えないからだ。
日本は日本人だけが持っている感覚ってのはあるのだろう。
それが存在しているからアメリカのような起訴社会にはならないのだろう。
しかし、それってのは反面で危険なことでもあるのはこうやって見せる物は平気だが、こうやったら駄目などとやっていることにしか思えないのだ。
その判断基準が曖昧なまま物事を片付けているだけなんだろう。
その時々で落としどころを探っているようでは根本的な部分は解決しないだろうと思えるのだ。

まぁおいらがここでこんなことを言ったからといって何も変わらない。
 
おいらも別にどつき漫才を止めろと言っているわけでも芸人を出すなと言いたいわけではない。

あれはいいけどこれは駄目という基準もなにもかもが日本は実に曖昧であることを言いたいだけなのだ。
そして不思議なことに子供へ甘すぎることを言いたいだけなのだ。
子供は未来への宝だとは思うが、だからこそその教育にはもっと真剣な議論が必要なのだと思う。
体罰禁止でも構わないが、反対派を説得すべしである。
多数決は民主主義の基本かもしれないが、それだけでは解決しない問題もあると思う。
体育科の入試は無くす決定後に生徒が8人で記者会見をやったが、それについてどうこう言うのも結構だがおいら個人としては少人数か大人数かはどうでもいいことと思うが生徒にも体罰を容認する声があるということを大人は知るべきなんだろうと思う。
口で言えば解かるのならそうするべきだが、挨拶代わりの暴力でも良しとする人間がいたっていいんじゃないかと思うのだ。
こんなものは個人の考えで自由だろうと思うのだが それでは駄目だという人がいてもおいらは構わない。
なぜ駄目なのかを説明し納得させればいいのだろう。
しかし、個人的には難しい話だと思うね。
教鞭という言葉を作ったひとはなぜこの字を使ったのかを考えればその字が適切に思える理由があったのだろう。時代は変わるのかもしれないが、人間の本質が大きく変わることはない気がする。
戦争については何時の時代にだって誰かが被害にあいやるべきではないと考える人はいただろう。
しかし現実にはいまでも世界のどこかで紛争は続いている。
中国を見てもいまだに国境をめぐる火種を撒き散らしている。

市長のやろうとすることも現実では反対意見がかなりあることを考えればひとつの結論を得ることでさえ難しいのは明白だろう。
本当に正しい結論があり、体罰が駄目というのなら正しい説得で反対意見ももっと減らせれるのではないだろうか?現実では多数決で体罰はすでに禁止されている。
これは単純に多数決で決まった結果だからいまだに体罰賛成論ってのが存在するのだろうとおいらは思う。
しかし結果を見れば自殺した少年がいてもなお体罰は必要という意見が無くならないのである。
 
ちなみに市長のやろうとしていることへの反対意見ってのは体罰を容認するということではないことも付け加えておく。教師をかばうことがあったとしても体罰容認ということでもない。
一緒に苦楽を共にした人と続けたいという思いの人だっているのではないんだろうか?
一緒にやりたい=体罰ありで受け入れるという図式に置き換えるのは間違いだろう。

まぁなんだ  所詮大人だって矛盾の中で生きているんだ。
そんなものだと知っておいたほうがいいと思う。

市長、相変わらずです。
2013年01月27日 (日) | 編集 |
生徒や保護者を責めているようですね。
相変わらずですね。

洗脳だとかいう声もあるかもしれないが、もはやスポーツ強豪校の部活なんてものは学校教育の部活とは違うでしょっての。

ついにで、本質的な話をすれば 顧問と同じ相手を市長は説得できていないんですね。
で、やろうとしたことってのが強引な入試の中止ですよ。
予算を背景に恫喝してです。
これって誰かが言う、出来の悪い指導者がすることではないんでしょうかね。

出来のいい指導者ってのは説得するんじゃないんでしょうかね。

あらあら橋下市長は高校の部活を教えることもできませんねえ。
これで市長をやってるんだから大阪市民も大変ですね。

ちなみにだが、桜宮で体育科の入試はなくなるようですが、桜宮への受験を考えていた人がよそに流れれば元々受験しようと思っていた学校の倍率も変わってくるんじゃないでしょうかね。
つまり桜宮を希望した受験生だけが影響を受けるのではなく体育科を受験しようとしていた多くの人がその影響を受けるということも自覚していたほうがいいですよ。


それにしても、市長ってのはおいらが見る限り自分の都合のいいようにただただ大きい声で叫んでいるだけで人の意見を聞こうとしないかの国のように見えます。
メディアも科の国のことを伝えるのと同様に市長の発言はしっかり伝える癖に反論は反論があるとしか伝えませんよね。これでは市長の意見ばかりを伝えているに等しいステレオではないんでしょうかね。
せめて市長の意見にこういう声があるんだがどう思うぐらいは聞けよと思うのだが。。。。

おいらは前にも書いたことがあると思うが広島の市長だか知事に橋下は現実を見ろといったことに橋下に聞きたいとおもったのが共同管理は韓国が受け入れる案だと思うのかを問いただしたい。
ほかにも同様のことなどいくらでもある。
じぶんの意見がいちばんだと喧伝するのはかまわないが説得力だけは持ってほしい。

今回も結果的に自分の意見を大声で言い続けている。
しかし、いまだに多くの人を説得できずにいるのだ。
そりゃそうだ、人が死んでるんだから我慢しろとしか言っていないのだっから。
なぜ在校生が我慢しなければいけないのか?受験生が今になって希望する学科が取り上げられなければならないのかを説明できていないだろう。ただただ人が死んだからでは説得力にはならない。

市長があいつらおかしい!と大声で叫ぶのも結構だ。
市長はそうやって支持を得てきた人間でそれしかできないんだろう。
問題は市長が説得できない相手に指導してきた人間を出来の悪い指導者と呼んでいるが少なくても指揮し結果を作ってきた人間で、一方の市長は説得できずに立場上から強権を振るい声を上げているだけの人間でしかないということだ。
よほど出来が悪いではないかということに当の市長が気づいていないのが滑稽でならない。

もう一つ、市長を支持している掲示板の奴らだ。
市長のやり方を評価しているようだが、そのやり方ってのをヨーク見てみろと思う。
彼らが大好きなかの国とそっくりだということを全く気付いていないのが可笑しい。
自分に都合のいいよう大きい発信力で言いっぱなしなのは全く一緒の技法だろう。
都合の悪いことは勉強が足りないなどとして突っぱねることしかしていないのだ。
説得しない(できない)で済ませているのだ。
このことを知るべきだ。





懐かしい。。。。思い出がよみがえった。
2013年01月27日 (日) | 編集 |
見る番組がなくチャンネルを変えまくっているとCSにて坂田和人や上田昇が出ているのに目が留まった。

チュートリアルの福田が司会をする番組でレース関係者が集まってガヤガヤ話しをしたり去年のGPを振り返っていたのだ。

おいらは2輪免許も持っていないのだが、なぜか2輪のレースが大好きなんですよ。
最近は日本人の活躍も減っているのでGPよりもロードレース選手権の方を良く見ていたのですが芳賀選手も乗らなくなり見る機会が減っていたのです。

おいらが一番見ていたのが坂田選手、上田選手、そして原田哲也選手の活躍していたころなんですね。
ですから上田さんや坂田さんの話が聞けてものすごく嬉しく感じ、この場にできれば原田哲也が居れば言うことはないのに。。と思い 原田さんがここに居ないのをとても残念に思いましたよ。
番組は後半へとまた続くようなので楽しみなんですが、番組終了後に原田哲也がいまどうしているか気になりネットで検索してしまいました。
悠々自適な生活をしているようですね。。。

昔に自分が見ていた頃がすごく懐かしく感じ、伊藤真一、岡田忠行、阿部典史、加藤大治郎など(青木兄弟などは何故かあまり応援していなかった自分がいたんですねw)思い出されたんですよね。宇井さんなんかも見ていたんですがやっぱり何故か印象が薄いんですよね。

おいらの中では割と淡々と見ていたんですが、なぜか思い出されるのが原田とロッシのバトルのイメージが強いんですよねぇ。
調べてみると250での対決は一年しかなかったようなんですがね。最高峰のレースでは伊藤真一や岡田忠行などレースは見ていたんですがおいらの記憶ではミック・ドゥーハンが強すぎ下のクラスが楽しみだったように思います。

まぁネットで調べていくとおいらも見ていたようで記録などを見ると全然見ていなかったんでしょう。

まぁそんな中、サッカーの中田がペルージャにいったころに一番有名な日本人は中田という風潮の中、テレビに向かって原田だろうと声を上げていたのを思い出します。
(個人的に一番好きなスポーツはサッカーなんですけどね)

ネットで見ると中田がペルージャにいき小倉智明がイタリアで一番有名なスポーツ選手を聞いたら原田といわれ誰それ?と思ったというエピソードや、加藤大治郎が成田に着いた際にデルピエロと出くわしデルピエロが加藤大治郎にサインを貰っていたのでサッカー関係者が誰だ?となったなどというのが興味深くでておりました。
シューマッハも芳賀選手のファンだそうで。

とにかく坂田さんや上田さんを見て懐かしく思い、ネットもつかって懐かしい気持ちに浸ったのです。
(解説なんかで声は聞いてたんですが、二人同時とか見る機会って意外と少ないんですよね)

昔は時々、青木兄弟や坂田さん、上田さんが12チャンネルでカーとナ殿教祖をしている番組なども見た記憶があるんですが 偶然番組を見つけでもしないとおいらにはこういう機会がないんですよね。
バイクのレースもそもそも日程も知らないで見てましたから。

きょうたまたまこの番組を見つけましたが続きが見れることやら。。。。

こんなこと日本だけだろうなぁ。。。
2013年01月26日 (土) | 編集 |
関ジャニの番組を時々見ている。

そこでカラオケバトルをしているのだが、歌のうまい芸人などと本物が歌い比べたりしているのだ。

おいらはそれを見て こんなことをするのは日本だけだろうなぁと思う。

競っているのはカラオケの採点でしかないのだ。

人に伝える力などというのは機会の採点では計れないのを見ていて痛感するのだ。

聞いている人間を感動させる力など関係がないのがこの競い合いの実情だろう。

今日はユーチューブなどでも有名な台湾の男の子が出てきたんだが、聞いてみればその表現力は圧倒的である。
ちなみにこの採点について批評しているのがカラオケ名人らしいのだが、歌手でもなんでもないのだ。
カラオケで高得点が出せるという人が批評しているのだ。

歌手になる要素を判定するわけでもなく限局に忠実に歌えるかどうかを競っているだけなのだ。

おそらくこんなことを競う意味など日本人以外ではありえないんじゃないかとおいらは思うんですよね。

人に伝える力がある人が歌手になるわけで原曲に忠実に歌える人が歌手になれるわけではないことは誰もがわかっていることだと思うんだよね。
したがって外国ではありえない(意味がない)ことをしているだけにしか思えないんだ。
まぁそれでもゲーム感覚でしてしまうのが日本なんだろうね。

少しばかり前においらはこの番組の特番?でチャンネルを変えながらもこの対決が始まるのを心待ちにしたことがあった。
つるのが出て4曲を歌った日のことだ。
おいらは彼の歌は大好きなのだ。(だからと言ってCDとか持っているわけでもないんだが)

結果として記憶ではつるのが全勝したように思うのだが、たとえ得点で負けるようなことがあったってそんなものはどうでもいいことだろう。
つるのが歌えば涙する人たちがそこに居たのだ。

芸人が歌った歌でそういうことはなかっただろう。

そこが本質的に違うのだろう。

きょうも台湾の青年が3勝1敗だったのだが、その負けで彼の評価が下がることもないだろう。
どちらが人を感動させたかを比べればおいらから見て彼の全勝だよね。

ある意味、それがわかっているだろう人から見ればこんな勝負に意味があるとも思えず番組でやってしまうってのは日本だけなんだろうなぁと思ったのだ。

おいらが今思うことだな。
2013年01月24日 (木) | 編集 |
先ほども体罰の関連で指導者への評価というものについて少し書いた。

本来指導者への評価ってのはなんぞ?とおいらは考える。

良い指導者とそうでない人の違いについてだ。
桜宮の指導者は体罰から逸脱した部分があったのは確かなのだろう。
しかし、そうはいっても考えてほしいのだ、おそわったOBや生徒がいまだに先制を慕っている人がおおぜいいるということを。
世間では脳筋とか洗脳という言葉を使う人はいると思うが指導者の評価ってのははたして誰がするのだろうかということからだ。

おいらはサッカーが好きなんでサッカーを取り上げる。
佐々木監督がいる。世間ではもてはやされているがはたして本当の優秀な監督なのだろうか?
おいらには疑問を感じられる。
なでしこでは結果を残している。そのことは賞賛に値するとおいらも思う。
だが、本当に優秀なのかはわからん。
理由は簡単だ。代表クラスの選手ってのは元々能力もありモチベーションが高いのだ。
佐々木監督が育てた?違うだろ。佐々木監督がうまいのは戦う環境づくりがうまいのだ。
佐々木監督が一から育てたもしくは一時期で著しく伸びた選手をだしたか?と聞かれたらそういう選手をおいらは知らない。
代表レベルの監督をすれば佐々木監督は優秀なのだろうとは思うがね。
中学生や一般レベルの高校生の指導で優秀かどうかはわからないということだけはわかる。

もうひとり取り上げてみよう。
男子の代表監督の岡田氏だ。
ハッキリ言っておいらの評価は高くない。
南アフリカ大会で結果は出したという声はあるが、あんなものはたまたま選手に救われたにすぎないフロックだ。
直前の試合ではボロボロだったのだ。年が明け戦う試合すべてでボロが見え負け続けた。
本大会でシステムを変えらことで結果はでたが、そもそものプランが形にすらならなかったのが本当だろう。
結果が出たと言っても実は褒められる結果ではないと思っている。
サッカーで弱いチームが強いチームに勝つ方法ってのが相手に点を与えずカウンターで点を取るというやり方だろう。幸いに日本には結構いいフリーキッカーがいたのが幸いしただけのことだ。
日本の得意とするものに勤勉というものがある。創造性では劣り勤勉に勤め上げることに長けているのだ。
もう一つ日本には問題があり それが背の高さだったのだが、このときの日本は闘莉王など高さにも不安が少なったことが要因だろう。本田選手など大会以外では点が取れない代表だったのだ。ところが本大会では本田が確変した。最初に挙げた得点は彼はトラップをミスしたのだがそれで絶好のポジションにボールが来て得点している。フリーキックも見事だったがおいらはその後あの位置からのフリーキックで彼が決めたのを見たことがない。
それでも彼はワールドカップでの成功を自信につなげ結果は出してきている。
しかし、それは岡田監督のおかげではないと思う。

岡田氏び話で印象に残っている話がある。自身が語った言葉だ。
Jリーグの監督時代選手が自分のほうを見ているというのだ。どうやら自分のープレーをいちいち監督である岡田氏にアピール、確認しているというのだ。俺は選手のことを見るのが仕事だ、俺にアピールする暇があるなら仕事をしろと言いたい、その選手は使わなかったと言っていたのだ。
ある意味では正しいのかもしれない、同等の力を持つ選手がいれば違う選手を使うのも監督のやり方だろう。
しかし、見方を変えてみればアピールしてる間にできることがあるだろう選手ってのは同等と評価された選手より伸びしろがあった選手ではないんだろうか?
そう考えればその選手を指導しなかった岡田氏ってのは決して優秀とは思えないのだ。
これはこの話を聞いた瞬間においらがおぼえた違和感だ。
その時はこうやって文章にできるほどの違和感ではなかったが、考えてみれば違和感の原因は明白だろう。
考え方を変えれば伸びしろはあるがこうやって考える下地があるとすればこの選手はこれまでだと考えたのが岡田監督なのだろう。
ちなみにこれは代表ではない。
代表ならば代わりの選手を招聘すればいいだけのことだ。
ところがJのチームでは現有勢力で戦わねばならないのだ。選手の成長を力にしなければならないのだ。
岡田氏が指揮を執ったチームは札幌は上位に行くこともなかったしマリノスは勝てたこともあるが長期的に安定はしなかったように思う。
個人的な意見ではあるが岡田氏は選手を見たんだろう、おいらが思うに選手を指導しない中で好き嫌いを判断していった結果がこういう結果になったんだと思う。
西野監督のいたガンバなどが正反対ではないかと思う。
選手があまり変わらずに安定して短くない間ずっと上位の位置を確保したのだ。
一方で当時のマリノスは選手がどんどん変わっていったと思う。
J2などからストライカーをとったり逆に昨年それなりに活躍した選手を放出するなど当たり前にやっていたように記憶している。
ワールドカップ後には岡田氏の評価は上がったが個人的には評価していない。
岡田監督の評価はワールドカップだけで決まった評価でしかないからだ。
おいらはそれも評価していないのだから上がる理由はないのだ。
むしろ、大会前に負け続けたほうが岡田氏の本質とみている。
岡田氏には気の毒な面があることだけは細くしておく。
日本のチームは年明けはかなり弱いのだ。それに加えワールドカップイヤーということもありいつもより強い相手と戦い負け続けたということだ。
岡田氏は攻撃的にボールを回し点を取るためのチーム作りをしていたのだが決めきれず、またディフェンスも予選では機能していたが年明けではミスが目立ったのだ。連係ミスで失点する場面が続いたのだ。
これは岡田氏の責任とまでは言えないとも思うが、大会でその形を完全に変えて結果を出したことがおいらには不満だ。
形を変える決断をしたことを評価する向きもあるがこの決断は選手からの声もあったと聞いているし最終判断が岡田氏であることも理解はしているが、結果として岡田氏の考え作ってきた戦略は失敗したことでしかない。
結果が良かったというだけでしかないのだ。

おいらは岡田氏は評価をしない。それはそれでおいら個人の考えでしかない。
現実には評価している人も大勢いるのだ。ワールドカップが終わって帰ってきた岡田JAPANにごめんなさいした人が大勢いたのだ。

岡田氏もワールドカップに向け遠征体制づくりには大いに健闘したとも聞く。そういう面での評価はおいらもしている。さらに勝つにつれチームの状態も良くなっている、その背景でも岡田氏は雰囲気づくりで成功していたのだろう。そこはおいらも認めている。

多くの指導者を見てきた選手の声が一番知りたいところだ。

自分の周りの話をしよう。
おいらが辞めた部活の話だ。
上の学年は指導者が嫌いで団体で部活を辞めている。
そもそも部活にはほとんど顔も出さない人だが、体格がよく強面で売っていた影響だ。
上級生が大勢辞めた影響などもありおいらもやめた。
その後の話だが二つ下の学年主任であった教師はおいらの次の年に高校に入ったうまい生徒と学年主任を務めた世代でいい選手を集め実力校に変え東京都の役員かなにかにまでなっている。

同じ人間がしてきた話である。
人間性が変わったかといえば微妙だ。強くなる過程で体罰というより暴力は普通にあったのだ。
被害者が弟なのでその辺のことはよく知っている。理由もなく叩かれたと言っている。
それこそ挨拶代りだったのだ。弟は理由もなく叩かれたことはぶつぶつ言っているがそれほど悪い感情は持っていないようだ。親から聞いた話では弟が大学を卒業する際にはその人からこの企業にに就職しないかと声をかけられたというのだ。スポーツを続けることが条件だったらしいが弟は断ったらしい、いまではその企業はJリーグにいる。

おいらはこの顧問を評価するすべを持っていない。
おいらたちのころは最低最悪の指導者でしかない。しかし2年後には見違える結果が出ている。さらに数年後には都大会を勝ち上がり全国に行ったのだ。その結果が役員なのだ。
その後は知らない。
いまならそのまま最悪の指導者になるのだろうか。。。。

同じ指導者でも評価が違うのは当たり前なのだ。おいらの例など極端すぎるが現実がこういうものだろう。
人により違うのだ。全国に言った人から見れば指導者の影響は小さくないだろう。
その中でもレギュラーとそのほかでは考え方も違うだろう。

画一的に判断できるものでもないと思う。

しかし、一方では全国に行ける内容で指導できる力は認めるべきではないかとも思う。
野球やサッカーはプロもあり夢見る子供たちの意識も高いだろう。
学校教育の中ではプロを目指す生徒もレギュラーにもなれないのに部活をする人だって混在するのだ。
レギュラーだってプロになる人もいれば高校で辞める人もいるのだ。
高校や大学で指導する指導者は難しい中で指導をしていることをもう少し見ていく必要があると思う。
そして評価は関係者がするのが一番正しいのだと思う。

どこの学校だったか覚えていないが甲子園で21世紀枠のチームに負けたことでの発言で叩かれた指導者がいただろう。
テレビにも出演しているよね。
監督の言った言葉は間違っていないとおいらは思う。
トーナメントを勝ち上がって得た出場権に対し21世紀枠のチームは負けたのに出れたチームなのだ。
予選で彼らに負けたチームに申し訳ないではないか。勝ったチームは負けたチームの名誉のためにも戦っているのではないだろうかと思う。

このことだって人により賛否はあるだろう。
当然だろう。

学校の教育に臨むものだって人により違うのも当たり前だろう。
政治的にはこうあるべきってのはあるんだろうが、そんなのは利用する側には些細なことでしかない。

ほかの国の問題だからと言わないで考えて欲しいものもある。
韓国のことだが、韓国はゴルフで昨今実績を上げている。
日本の坂田プロは坂田塾と称し日本でも人気をとっているが、厳しい練習や躾で有名だ。
その坂田プロが韓国の現状を見に行ったことを紹介しる番組を見たことがある。
小学生ぐらいの子供からスクールに入り合宿生活を送っているのだ。
レッスン料はかなり高い。親が金持ちでなければ入れないだろう。
そして彼らはいつでも練習ができる環境の下で学校に行かずに練習をしているのだ。
勉強は合宿で教えられるだけやっているようだ。
坂田プロは教育そのものには疑問を感じたようだが、韓国のゴルフ界に脅威を覚えたと伝えていた。

学校教育に頼らない方法が取れるのがこの場合の強みなんだろう。
日本にはそういう仕組みはない。
たとえ英才教育をしてもらえるジュニアやユースのシステムがあっても学校教育は取り入れているのだ。
唯一違うのが公共レースにいくプロを育てる場だろう。
競馬学校などがそれだが、そこでの指導は学校教育の比ではないだろう。
彼らは退学を常に意識しているだろう。
体重管理ができなければ退学になるのだ。だからこそ親族にまで入学の際には問題になるのだ。
サッカー選手になるために海を渡った子供もいる。
期待されなくなれば放り出されるのだ。さすがにヨーロッパではサッカーのためといったって教育は行われる。
放り出されてもすくなくても語学力は残るのも救いだ。

日本は学校教育の中の部活がスポーツの生命線になっている部分が大きい。
このことを変えてやればそもそも部活で体罰などをする必要もなくなるだろう。
アメリカなどと比べるのは意味のあることでもないが、アメリカでは州の大会ぐらいまではあるが日本でいう全国大会などというものは多くないらしい。
そもそもが競う目的ではないのだろう。
日本ではなんでもかんでも全国大会がある。当然競うためだろう。
当然人よりうまくなりたくもなるし結果が欲しくなる。
そこには厳しい指導も出てくるというものだ。
だからアメリカではスポーツなどが本格的になるのが大学からなのだろう。

日本を見てみればプロ選手に高校を卒業した人間が入っている。
高校はすでにプロになるためのステップにもなっているのだ。
プロへのステップにもなっている高校での部活と学校教育の一環である部活が混在しているのだ。
この状態で全てを語るのは無理があると思う。

橋下氏は桜宮の形だけを変えればいいと思っているかもしれないが、本当に変えたいのなら高校の部活のあり方を根本的に変えなければどうしようもないだろう。
プロになりたい人は部活ではなく学校とは関係のないクラブで教えるシステムを確立させることが必要条件になるだろう。
ことはそういうことだと思う。
高校での部活はすでにプロ予備軍を育てる場面にもなっているということだ。

市長が生徒を説得するには部活とは別にそういう生徒のためのクラブ組織でも作るしかないだろう。
それと学校教育を併用しないで学校教育はこうでなければいけないでは説得力がないのも仕方がないだろう。

尾木ママなどの批判はおそらくそういうプロ予備軍になりたい生徒の気持ちは理解できていないせいだと思える。

小さい頃の夢では多くの子供がプロスポーツ選手にあこがれている。
中学でその望みをつないでいる生徒には高校の部活はもはやただの学校教育ではないのだろう。

大人が高校の部活にプロの卵を探しているのに学校教育だからというのも本当に変な話だ。
おいらは前にも書いたが桜宮のために各スポーツ協会から指導者を送れよと言っている。(書いては消しを繰り返したので書いていないかもしれないが)
在校生の心の負担を減らすため、平常の生活を維持するために今の指導者ではダメというのなら指導者を組織が送り込めばいいと考えたのだ。
自殺した生徒が苦しんだのは体罰なのだろう。在校生から部活を取り上げるためではないのだろう。
ならば、協会が保証する人間で指導してやればいいじゃないかと考えたのだ。
サッカー協会には電話をしたが大阪市が考えることであしらわれた。

文科省にもメールはしていたが反応はない。

当然だわね、大阪がスポンサーの学校である。でしゃばるわけにはいかないのだろう。

でも、大人が高校の部活をプロ予備軍に仕立て上げてしまったのである。
生徒も理解しているだろう。
もはや部活はただの部活ではない。
サッカーでこそ部活以外からでもプロにはなれるだろうが、それでも地域に組織がないところは学校の部活がプロ(セミプロも含む)に直結している場なのだろう。
大学への進学にしても部活での成績が評価の対象になったりすることもこの傾向に拍車をかけていることだろう。

生徒に対し自殺した生徒の気持ち云々のたまっている人間は元々こういった考えには無縁の存在なのだろう。
現状の学校での部活でこういうプロ予備軍を感じたことのない人間には理解できないのだろう。
それ以外にも理解できない人たちはいるだろう、エリートコースを歩む選手たちがそれだろう。
それが匂ったのが佐々木監督の出来の悪い指導者発言だ。
佐々木監督の翻意はわからないが紙面からはそういう匂いがした。
現状では佐々木監督は意識の高い生徒しか相手にしていないだろう。
そういう選手は話せばわかるのだ。レギュラーという目標がいつでもあり競争相手は腐るほどいるのだから。

一方で部活の現場は優秀な生徒が多ければ多いほど体罰は必要ない世界になるだろう。
競争があるからだ、
しかし現有の人間だけで強くしなければならない現場はどうかという話だ。
中にはプロ予備軍もいるかもしれないし、中には高校で部活を辞める人間もいるかもしれない世界だ。
指導者は結果を望まれているのだ。学校教育だけで臨まれているものの上にスポーツでの結果まで望まれているのだ。指導者の性格にもよるのだろうが結果の前にそんなものは大きな問題ではないだろう。
桑田がいう辞めていったスポーツにとって大変な損失だなどというのはおそらくはお門違いだ。
プロになりたい人間なら指導者と話し合うぐらいのことはするんじゃないんだろうか?
部活を辞めたってスポーツをする方法を考えるのではないだろうか。
ついでに言えばプロになったからといって芽が出ない人間がどれほど多いかは桑田も知っているだろう。
プロになるためだけが目的ではないという言葉もあるだろう。
ならば言い返そう、部活だけが人間教育の場ではないだろう。

桑田にはもう一つ言いたい。
体罰を批判する前に学校教育の部活のあり方から議論するべきではないかということだ。
体罰をなくす目的なら学校教育の部活では結果を求めないを徹底すれば体罰は簡単に減らせると思うがどうだろう。
しかし現実は違うだろう。
入学希望者を増やすためにスポーツに力を入れる学校がいくらでもあるだろう。
越境入学させても強くした学校は野球で有名になったんではないんでしょうか。

桑田には体罰がなく清原がボコボコにされたという金村の話が象徴的だと思う。
意識の高さが体罰をなくすのならスポーツは学校教育を離れるべき存在なのではないだろうか?
少なくても学校教育で教えるのは体育で止め強くなるためのスポーツは学校教育から切り離すべきだと思うがどうだろう。

たとえ今市長が桜宮を変えたとして学校教育で結果が求められれば同じようなことは無くならないとおいらは思う。

自殺の親が告訴ですか
2013年01月24日 (木) | 編集 |
個人的にはそれって市長側が要請したんじゃないんですかねぇ。。。。

尾木ママが生徒だけの記者会見にたいして大人が入れ知恵したんじゃないかといっていたが、この告訴のほうが怪しい。

理由は簡単だ。市長が出した方針により自殺した生徒は在校生からすでに恨まれているだろう。
教師や学校への不満は親にはあるかもしれないが、ここでの追い討ちの告訴は市長に口実を与えただけだ。
在校生から嫌われるということは住んでいる周りの人にも嫌われる可能性をいう。

本人たちは気づいていないのだろうが親としてなぜ自殺したのか本当に理解しているのだろうか?

人でなしと言われるのを覚悟で敢えて言うが、 生徒の億泊を聞いていた仲間も部活停止や市長の言う入試停止などの罰ともいえるものを受けている。
親御さんたちの苦しみとは違うが仲間を失っているのだ。

報道が始まったころにテレビでインタビューをやっていたがその中にも体罰で部活を辞めたって人がいたし、桑田の発言でも体罰で何人も部活を辞めたという話が出てくる。
しかし、部活で死ぬことを選ぶ人が本当に少ないんだよ。生徒が自殺を選んだ理由がわからないと意味がないんじゃないんだろうか?おいらはずっと自殺を選ぶ彼のことを理解できないと言い続けているが肝心なのはそこなんじゃないんだろうか?
市長はついこの前までは体罰必要派だったはずだ。言い換えればおいらと同じように体罰で自殺する人が理解できない人間だったと思う。今は理解できているかといえばおそらく違うだろう。
自殺という思い選択がされたという事実だけに酔いしれているのだろう。

今回市長がどのように対策を慕っておそらくは体罰は消えない。
簡単だろう。市長は生徒も反対派も説得できていないではないか。
つまり桜宮の在校生は市長の対策のやられ損なのである。
体罰は桜宮ではなくなるかもしれないが それは市長のやることによるのではない。
自殺という結果があったからでしかないだろう。市長がやろうとしていることってのはその程度のものなのだろう。

生徒の親が告訴をした事実はどうでもいいが、親の周りは表面的には親に同情は寄せても裏では自殺した生徒は決して良くは思われないと言っておく。
自殺したことで多くの他人を巻き込んでしまったのだから。
おいらは多くの人が自殺など選ばないのはほかにとるべき方法が多数存在することと他人を巻き込まないことが理由だと思う。
自殺した生徒には激しい暴力行為はあったのだろう。そこは否定しない。

生徒の仲間は部活を取り上げられた、仲間を失った悲しみのほかにだ。
親は仲間に状に失ったものは多いのかもしれないが、告訴をして責任を明確にしたいのかもしれないが市長に利用されてしまっては意味も違って見えてくるのではないだろうか。

ちなみにだがおいらの上の学年の部活の先輩は教師に反発し団体で部活を辞めている。数人だけ残ったが。
教師が単なる暴力教師であればほかの部員はなぜ辞めないのかも考えてみればいい。
しかも桜宮では教師を残そうという動きまであるのだ。なぜかを考える必要はあるだろう。
思い付きでいうやつらは洗脳されているというのだろう。洗脳って簡単にできるのか?自殺した生徒は洗脳の失敗ってか?バカらしい。
世間を見てみればいい。体罰やそのほか教師に反発して部活を辞めたひとなんて造作なく見つかるだろう。
失敗例がいくらでもあるってことになる。
高校生などの女子バレーについて部活の様子をテレビで見たことがある、女子ってのはすごいよな厳しい練習に耐えて頑張っているよな。
体罰のあるなしでかたや洗脳、かたや素晴らしい指導といわれるのだ。おいらには大きな違いを感じられないんだがどうだろう。(2ちゃんねらーのために一応書いておくがセクハラは別だがな)
素晴らしい指導者も誰かが体罰で訴えればすぐさまダメな指導者になるのか?
おいらは違うと思う。少なくてもその評価ができるのは教わった人がするべきものだろうと思う。
所詮おそわっていないものには関係のないことだ。

おいらは今市長を擁護する発言をしている人は自殺した生徒にのみその気持ちを受け入れているように見えるんだよね。ほかの生徒の気持ちも考えてみる必要があるのではないだろうか?
おいらは自殺した生徒の気持ちはわからないが残った生徒の気持ちはわかるように思っている。実はわからないのかもしれないが、自殺した生徒よりは生きている生徒の気持ちのほうがおいらの経験に近いように感じるのだ。
これから受験するような生徒も市長に賛成の声は上げているがそれはそれでいいと思う。
部活にそれほど気持ちを入れてやったこともなければ桜宮で教師も残したいという生徒の気持ちなどわかることもないのだろう。経験が違うのだから価値観だって違って当たり前だ。

意見は違ってもいいが人が死んでるって事実はあるが 必要以上にそれを理由にするのはお門違いだと思う。
自殺した生徒は戻らない、在校生はどうあっても残りの桜宮での生活をしなければいけないのだ。
大学に入れば~大生としての生活になるから違う人生が始められるだろう、社会人になっても同じことだ。
しかし、桜宮の在校生の間は事件が付いて回るのだ。死んだ生徒も大事かもしれないが在校生はもっと大事にするべきだと思う。

生徒の親が告訴をするのは別にかまわないが、市長がこのことを持って自分を正当化したって説得の材料にはならないということは知っておくべきだろう。
ちなみにだが、市長は入試に絶対反対だった。
批判してきた教育委員会が普通科に変えて入試を行うと決めたことに妥当だと言った。
いまは親の告訴を取り上げやっぱり一大事だと自分を正当化させているが、その裏で体育科を希望していた生徒に配慮をとまで言ってきている。
彼のメンツのせいだろう、持論は撤回しないが結果的には反対派に引きずられ名前ばかりの普通科にしようとしているのだ。最初に口にしていた内容はいまやボロボロである。


市長は持論で生徒や反対派を説得できないことで不利な立場がでてきたのだろう。
市長本人は平気だろうが、維新の会の代表という立場が追い込んでいるのだろう。
夏には近い将来の命運を決めるだろう参議院選挙が控えている、市長は平気だろうが維新の会のメンバーは今の状況が選挙に響かないとも限らないのだ。
おいらが見てきたアンケートなどでは反対する声のほうがわずかだったり倍ほども多い結果になっていた。
市長が自ら声を上げ意見したことが市長は意外かもしれないが思うほど支持されていないのだろう。
ちなみに2ちゃんでは市長支持が目につくが彼らは攻撃対象目当てで書き込んでいるだけで多くは自民支持派である。選挙の足しにはならないのだ。

市長が生徒や反対意見を説得できれば問題ないんだが、これまで人が死んだからこうしなとと言い続けるだけで全く説得力がないのだ。今ないのに今後にはできるというものでもなくこのままでは維新の会は敵を作ってだけで終わるだろう。
だから反対派にすり寄る形で当初の声を和らげているのだろう。
中止は普通科で実施。普通科としてやってもらうと言っていたはずが今では体育科志望者には配慮をとまで言い出したのだ。

話は変わるが昨日も書いたことに関連するのだが生徒8人が記者会見をしたでしょう。
おいらは大人を頼れないとみて自分たちで動こうという意思表示だと書いたんだけど それって大人の入れ知恵があったとしても現場に立つのは支持があろうとなかろうと最終的には自分が勇気をだすしかないんだから意思表示に違いないと思うんだよね。(実際はどうなのかは知らないし知ったからどうということでもない)
でも、今声を上げておかないと残念なことにこの国では時間とともになし崩しになってしまい生徒たちもどうしようもない流れにズブズブ流されていくしかないだろう。
これまでと同じ目標に向かうことも困難になるし生きがいを失ってしまうかもしれないんだから どんな形であろうと自分たちの未来のためなのだからやれることだけはやっておくべきだと思うのだ。

情けないのは大人だろう。
自殺した生徒にばかり目を配り、在校生の未来に無関心すぎる。
この中には将来のトッププレイヤーもいるかもしれないし日本代表や世界で活躍する人間だっているかもしれないことに気づかないといけないと思う。文化部も停止しているらしいが、同様だろう。

なぜ子供が大人の犠牲にならねばならないか、改めて考える必要があると思う。


桜宮高校の件
2013年01月23日 (水) | 編集 |
最近この話題しか書いていない。

生徒の多く(一部?)は顧問をそのままにしてほしいという訴えをしているようですね。

これはこれでいいのではないでしょうか。

尾木ママは誰かに操られていると自分たちのこうであってほしいとかいじめられた生徒側の意見を元に言葉を発表したらしいが、所詮頭の固い大人の議論で出た結論だ。

体罰については基本的に全面禁止の原則である。
しかし、世の中には体罰必要論があるのだ。
きょうも大阪産業大学付属で体罰という記事があった。
なくならないよ。。。

大人が出した結論ってのは結局事なかれ主義で出た結論に過ぎないんだ。
だからいつだって体罰必要論が出てくる。

今回はどうだ。
生徒が顧問ありきの部活と口にしている。
まぁ体罰容認ということではないが、どこかで有名なワールドカップ優勝監督曰くの未熟な監督が必要とされていることを生徒が語ってくれた形だよね。

小峰監督が長崎で転校するたびに生徒が島原商業>国見>長崎総合と先生をしたい集まり、全国へと顔を出し続けている。
サッカーでは指導者がライセンスを取り各地に新しい優秀な監督が出てきている中でもそうなのだ。

ほかの競技については良くは知らないが結果が残せる監督が生徒から嫌われているなんてことは考えられない。
テレビなどの美談でよくある話だが、嫌な監督の下で選手がまとまるなんてことは難しいということなんだと思う。
選手が嫌な監督ってのは失敗すれば怒られるのだろうからミスを人のせいにしたりしてくるものだが、結果からいえばこのような場合選手は委縮し結果などにつながってこないだろう。
監督の力ってのはJリーグなどでも優勝候補にいつも名前が挙がるガンバ大阪が昨年J2落ちしたように戦力は変わらなくても監督が代われば実力がだせずに負けてしまうものなのだ。
なぜ、勝てるかと言われれば選手が監督を受け入れているからだろう。

尾木ママや市長はそれを洗脳という言葉鵜を使っているが、実はそうではない。
そもそも嫌いな人の下でスポーツなどできないんですよ。

市長は桑田の発言で態度を変えたらしいが、ヤンキースで活躍する黒田は学生時代のケツバットがいい思い出と語っている。いまなら体罰の告白にあたるんだろうか?

どういえばいいかわかりませんが、人間ってのはみんな違うんだと思うんだよね。
体罰容認(暴力じゃないよ)の人もいればそうでない人もいる。
それぞれに目標も違うんだから画一的なものの味方に固執する方がおかしいのではないかと思う。
基本的には体罰ってのはイジメとは異なると思っている。
簡単な違いがあるだろう、嫌なら部活を辞めれば逃れられるのが体罰だ。
イジメは違うだろう。部活を辞めて行われればそれはイジメだろう。
実にわかりやすい逃れる方法が存在しているではないか。
部活以外での体罰があるということもあるだろう。生徒同士でおこなわれればイジメだろう。
教師が理不尽におこなってもいじめだろう。体罰ってのは文字通り罰なんだろう。受ける側には何らかの罰を受ける理由があるのだろう。

教育関係者に伺いたい。昨今メディアにも取り上げられている団体行動というものがある。
日体大の演技が有名になりいまや小学生でも真似をするところがある。
この練習では体育の優等生が通う日体大生でも厳しい練習が行われている、涙するものもいる。
ここでできるまでやらせるってのは体罰と違うのだろうか?
体力的にも相当厳しいものだろう。
暴力ではないですよね、しかし体力的にはきついものだ。
この受け止め方っては難しいと思う。人によっては成長のための後押しだろうが、体力のあるなしでも受け止め方はちがってくるのではないのだろうか?
結果的にできたのだから体罰ではないというかもしれないが上の人間からいわれノーといえない中でやらされたといえばいえなくもないんじゃないのだろうか。
それって無理やりやらされ多結果ができたのであって背中を押されてできた人とは違うんじゃないんだろうか。

体罰が怖くてできたってのと同じ答えになっていないかということだ。
違いは罰があったかどうかだけですよね。
しかし、肝心なのはやった生徒の気持ちではないんでしょうか?
体罰を昔受けていた人で体罰を肯定的に言う人には昔やられた、しかしやられる理由があったと思うといって体罰を悪く言わない人がいるのだ。

要は受け止める人によって意識が違うことにもう少し注目するべきではないかということです。

日本人ってのはどうも海外と比べたがるが基本的に土壌が違うので安易に比べても意味がないことを気づくべきです。
アメリカで体罰がない?おいらからすれば当たり前、アメリカならお礼参りは銃で撃たれますよ。
個人指導でも違いは明白でしょう。早いうちからお風呂も一人で入らせ20歳で独立した生活をするのが当たり前の国と日本を同じように語っても意味がない。
性格も教えも違うでしょう。外国の人ってのは基本的に納得しないとやらない。
日本人はどうかといえば他人を意識して生活をしていることで人がやれば自分もやるという傾向があるんですよ。
人のふり見てわがふり治すという言葉のように人が叱られているのを見て自分の行動を治す習性が身についている。だから指導者が怒られ役なんてのを作るんでしょう。
アメリカ人は自分が納得しないとやらない、日本人は人がやるなら自分もやるという違いがあるんだから仕方がない。今は日本人も上を目指す意識の高い人はうまくなるために貪欲な人が増えていますから人がやるならやるばかりでもないでしょう。

文章が下手なくせにいろいろ書いてしまいましたが、基本は受け取る人次第でなんでも良し悪しが変わるんですね。一概に規制するってのもものによってはありなんだろうが、体罰ってのはなしに入るべきものなんではないかと思う。断わっておくが体罰であって暴力ではない。
誰かが言った言葉だが、体罰ってのはやられる側が納得できる理由が存在するものだろうと思う。
理由もわからず殴られるのは体罰なんかじゃないんですね。
体罰ってのは罰なんだからどこが悪くてどうすればいいか理解でき改善することが望まれて行われる罰なんですよ。だから理由がわからないって時点で罰じゃないんですね。

どこかで誰かが書いていたが試合に負け罰として走るようにコーチに言われたサッカーの中田が一向に走らずコーチに一言、コーチが一緒に走るなら走りますといい 言い返せないコーチは一緒に走ったというのが紹介されていなした。
中田は負けたのは自分のせいではないという自覚があり罰を受ける理由を感じなかったからでしょう。負けた責任はコーチにもあると考え一緒になら走りますと答えたのだろう。

おいらはこの場面、中田は負けたのは自分のせいではないと感じたのなら走りませんと答えても良かったのだろうが、チームメートが走る中 自分だけ走らないのもおかしいし負けた責任はコーチも一緒だろうと考えたのだろう。走らないと言わずにコーチも一緒にといった中田の考え方が垣間見えると思うし走ったコーチも正しいと思う。
中田のように強い個性を持った人が素晴らしいと言っているのではない。
言われるまま走ったチームメートも納得しては知っていればそれで正しいと思うのだ。

要は納得しているかどうかなのだろう。中田は納得しなかったから声を上げたのだ。そしてコーチが走ったことで納得し一緒に走っている。

尾木ママが教育委員会の発表後に生徒が記者会見を行ったことに憤慨していた。
誰かにやらされたのではなど不快感を示していたのだ。

おいらはそうは思わない。
彼らは自分たちで声を上げたのだろうと思うのだ。
大人がくだらない見識や事なかれ主義でだしてきた結果に不満を自ら声を上げたと思うのだ。
体罰禁止なんだろうが自分たちは喜んで受け止める、線瀬戸絆があるんだと表明したんだろうと思うのだ。
基本的には体罰はないほうがいいのだろう。しかし、それも混みで受け入れたいという意思表示なのではないかと思うのだ。
イジメ問題や自殺した生徒のことはわかるがそれでも自分たちにはこの指導者が必要なのだと声を上げたのではないだろうか?
それを理解できないという人はそれはそれで仕方がないと思う。
しかし、おいらはそういう気持ちがあってもいいと思う。
理解できない人は仕方がないだろう。
同様においらは自殺した生徒のことが理解できないのだから。。。。
更になにがなんでも体罰禁止にも理解できないのだから。。。。

ネットではサッカー部の飲み会と書かれていた。緩んでしまえばこういうことだって起きるのだろう。
生徒と教師なんてのはいいことも悪いことも共有していくことで絆ってのができていくのではないだろうかと思う。尾木ママだって生徒と共有した時間があってこそ今のような教育評論家などをしてこれたのだろう。
しかし、彼の経験にはここまで部活に打ち込む生徒とのかかわりはなかったというだけのことなのだろう。
おいらの中では尾木ママは教育評論家ではなくいじめ問題評論家として理解するように変えるだけのことだ。

メディアってのは。。。
2013年01月23日 (水) | 編集 |
もう寝る。でも寝る前に短く。

桜宮の話で市長の発言はよく放送されている。
反対意見があることも放送されている。
しかし、市長の言葉は長く放送され反対意見のほうはそういうものがあるということだけがテレビでは伝えられるケースが多いように思う。
これって印象操作にも思える。。。。


話は変わるが自民党政権になって株価も上がり円安に動いている。
円高の時は輸出産業が悲鳴を上げていると報じていた。
政権が代わって円安に動いていたが、今度は円安で悲鳴を上げているところが紹介されている。
運輸業界や漁業関係者らが燃料費の高騰で苦しんでいるんだそうだ。

一体いくらが適正でどうなればよくてどうなれば悪いんだかハッキリしろよと言いたい。

どこかの新聞社は社是だから安倍内閣を叩くと言っていたらしいが、それならそれでわかりやすいんだが。

アンケートの答えに腹が立つ。
2013年01月23日 (水) | 編集 |
自殺問題でコメントしているやつらが言う普通はこうじゃないってのが鼻について仕方がない。

おいらはいつも書いているが自殺した生徒の気持ちは理解できない。
思い切って言えば何で自殺なんかしてくれたんだと攻めたい気持ちだ。
昨日まで一生に部活をしていた仲間からも部活を取り上げることをやってしまったのだからである。
それはバスケットボール部だけの話ではない。
運動部に加え文化部の活動さえも奪ったのだ。
自殺した生徒がいたのにという人は一生懸命部活をしたことがあるのだろうか?
自分が標準だと思っていることが不思議でならない。

桜宮の生徒の中には部活停止、入試の変更などを受け入れる人もいるだろう。
昨日声を上げた生徒のように部活動が大事な人がいても全然おかしなことでもないと思うのだ。
桜宮には体育に特化した科があり部活をしたい生徒が多いだろうと思うのでおいらは市長に反対している。
高校生活を部活に燃えたいという思いで入った人とそうでない人が人くくりに意見を言ったところで理解はできないだろう。

なんども書いていることだが、普通はという人は掲示板が人の自殺や犯罪に関わることはどう思っているのだろう?
おいらから見れば普通はと書いている人は掲示板禁止と自分から言い出すぐらいの人なんだろうと思うのだがおそらくは逆だろう。
自分が楽しんでいる掲示板で人が死んだら迷惑だと言い出す人が多いのではないかと思う。
少なくても掲示板禁止とは自分からは言わないことは掲示板が存続していることから明らかだよね。

そう彼らは他人事なんだよ。

おいらは掲示板には書き込まない。見るだけだが掲示板は楽しみに見ている。実際は楽しいものばかりでもナし、特にこの関係のスレッドなどは酷い内容ばかりで楽しくはない。
それでも掲示板自体は情報を得るためにも見るしおいらには必要なんだ。
だから掲示板で人が死のうが犯罪が起ころうが禁止にならない限りは見たいと思う。無理やり禁止と言う人がいれば反対の声を上げるかもしれない。

桜宮の場合はどうだ?
おいらは自殺した生徒の気持ちはわからないだけでなく人の大事な部活を取り上げた迷惑なやつだと思うので部活がやる対比との気持ちのほうがわかるのだ。
おいらにとっては掲示板を見るのと同様に生徒のうちの一部であろうと部活がやりたいというのが理解できる。

おいらだって本当は体罰で自殺した人間をかわいそうと思う気持ちはないわけではない。
しかし、そう思いたくても事件後の大人のまずい処理や市長の在校生や受験生に配慮のない言動などを見ていると弱い立場にある生徒の気持ちを勝手に考えれば自殺した生徒を悪くいうしかないではないか。
おいらは自殺した生徒は帰ってこないが在校生は自殺を引きずり大人の言動に振り回され平穏な生活が送れないで我慢を強いられているのだ。市長が悪い、教育委員会が悪い、学校が悪いといったところで状況も変わらない。何故かと言えば生徒が自殺したからだと言われる。
ならもう自殺した生徒が悪いという話になってしまうのだ。

でも本当は自殺する原因があり生徒にとってはやむにやまれぬ行動がこうなってしまっただけのこと。
要するに大人の対応がまずいんだよ。
在校生のことなどを考えれば早く元の生活に戻してあげることが大事でその手段などはできることから急いでやっていくしかないんだと思う。
それを市長が環境が出来るまで全部を止めようとしたことで問題が複雑になってしまったのだ。
自殺した生徒が昨日まで一世に部活をしていた仲間から部活を取り上げようと思ったかといわれればそうではないだろう。
ただただ現状に居られない思いになっただけだと思う。(これだっておいらの勝手な推測だよ、理解できないんだから)

おいらから見て駄目な方針でも市長が丁寧に生徒たちが納得させられていれば状況も違ったんだろうが、あの方は持論が正解と押し付けることしか出来ないでいるのが問題を複雑にしている。
なぜ生徒が被害者側なはずなのに我慢させられなければいけないのか理解させるのは難しいだろう。
おいらが市長を批判するのはそこだよね。体罰が悪い、教師が悪い、教育委員会が悪い なのに我慢は被害者だろうはずの生徒ってどう考えてもおかしいでしょ。
生徒が納得できるはずがない。
中には大人が言うんだからと我慢できる人はいるだろう。
しかし多少の理不尽はあるかもしれないが普通に毎日生活できるのが学生のあるべき姿だろう。
まぁそれが崩れたから自殺問題になったんだが。逆に言えば残っている生徒で不満がある人は声を上げやすい環境は出来ている。そして不満がなかった生徒も大勢いたって話しだろう。
環境の改善は必要だが、何にもまして必要なのは生徒が普通の学校生活を送ることだと思うんだよね。
おいらが普通って言うのに反発する人もいるかもしれないが、自殺した生徒と不満がくすぶってる人を除けば普通なんだろう?
そしておいらは不満がくすぶってる人が少ないと踏んでいるから普通という言葉を使っている。
一昨年?だかにバレー部で体罰問題がでたってことだから不満がある人がいるだろうことは確かだろうとは思うんだけどね。
数のうちで考えれば圧倒的に不満が少ない人が多いんじゃないだろうか?

一方で人が死んでるからと言うのは理解できないんだよなぁ。
いじめ問題で自殺があったとして在校生が苛めに関わった人以外が我慢を強いられることはあるんだろうか?それも入試が取りやめという発言がでるほどに。。。

おいらは聞いたことがない。
この状況って普通か?
決して普通ではないと思うのだがどうだろう。

もうひとつ掲示板でもなんでもいいが、自分の日常が人が死ぬことで取り上げられそうになった時に自分がどう反応するかを想像して欲しいと思うのだ。
自殺があったんだから受験したい人はする、あんな学校辞めようと思えばやめればいいじゃないか。
そんなことは周りがどうこう言うことではない。
自分で真剣に考えるべきことだ。
しかし、入試そのものがなくなれば生きたいと思う人はその手段がなくなるのだ。
行きたいと思えばいけばいいし行きたくなければそれでいいじゃないかと思う。
人がこうでなければいけないと決め付けることではないだろう。

ちょっと違うと思うんだよなぁ。。。
2013年01月22日 (火) | 編集 |
ガイアの夜明けを見た。

外食産業の努力している部分を伝える意図なんだろう。

そこには知恵も努力も伝わるんだが、個人的に引っかかることがあった。

良いものを格安でという視点にたいしてだ。

おいらは後半しか見ていないのだが、青森の干しあわびが世界一でこれを国内で使わないのはとして伝えていた。
最終的にでてきた言葉が良いものを格安でだ。

おいらたちは最近の経営者は消費者のためといいこの格安にこだわる傾向にあると思う。

しかし、この考えが日本を衰退させたように思えてならない。

昔の人はそう考えなかったのか?と考えればいいように思う。

がめつく商売をすれば安く仕入れて高く売れば儲かる だろう。
儲かったときにどうするかも問われる。
儲かれば社員に還元されれば社員も喜ぶ。

激安が持てはやされ会社が儲かっても社員に還元されなければ結局個人の消費は増えず景気は良くならない。儲かるのは激安企業だけなんだが、問題は激安を作る過程で人件費も削られれば企業だけが儲かることにしかならない。
これでは駄目なんだと思う。

以前書いたかもしれないがニトリの社長はニーズがある限りと口にしていた。
しかし、仮に長く続いたとしても生産は海外である。海外の人件費が上がれば何時までも同じようにはいかないだろう。
よりやすい人件費を求めれば生産拠点は移すことが前提になる。
そうなれば儲かった中から新たな設備投資のための内部留保に回るのではないかと思うのだ。
投資されるのは外国である。
日本は何時までたっても潤わないのだ。
ニトリが儲かった分をすべて社員に還元できればいいが、肝心な生産は海外なのだから海外に回る資金も少なくないだろう。
おそらくはこれでは駄目なんだろうと思う。

話を戻すと個人的には良いものを格安でというのは消費者からはありがたいが干しアワビが食べれる人たちにまで格安はいらないのではないだろうか?
お店も儲かり生産地も十分儲かるためには良いものを適正価格で売るべきだろう。

生産地は売れないよりは売れたほうがいいかもしれないが、適正価格というものは自分たちが守らないと誰も助けてくれないだろう。
漫画でも描かれているが、魚などの価格はいまや売り手市場ではなく買い手が値段をつける部分が大きい。
マクドナルドがいくらで買える、牛丼がいくらと考えれば魚離れの中高くちゃ売れないよということなんだろう。
しかし、そればかりでは漁業に進む人もいなくなってしまうだろう。
そうならないためには適正価格というものを考える人が増えてくるしかないと思う。

いまはお金と言うツールがあるが昔のように物々交換ならばその人が価値を決めていたのであり、価値観が重要だったと思うのだ。

誰もが安いのはうれしいとは思うが品物の価値を自分で判断し適正価格と言うものを意識しないといけないと思う。

市長はじめ教育委員会は馬鹿
2013年01月22日 (火) | 編集 |
桜宮の件だ。

何度も書いているが自殺した生徒の気持ちはおいらにはわからない。

市長はわかった風に話をしているがおよそ見当はずれだろう。

蒸し返したくはないが、せいとは教師にキャプテンを辞めたいと話しておりその際にBチームでもいいか?と圧力をかけられたというのがメディアの論調だ。
おいらならBどころか部活を辞める。教師の顔も見なくて済むからね。
この話で生徒はキャプテンを続けますと答えている。

見方によってはバスケットが好きだったのだろう。
辞めるより死ぬことを選ぶほどに。。。だ。
見方によっちゃ単に断りきれずプレッシャーに負けたのかもしれない。

あなたはどう考える?

結論は本人しかわからないだろう。

自殺した生徒の親はどう思っているのか、おいらは聞いてみたい。
実際に聞くのは酷なことだから聞くには及ばないんだが。。。
生徒はバスケットが好きでしたか?
辞めたいのはバスケではなくキャプテンだったのだろうか?
亡くなった生徒と一緒に部活をしていた仲間たちは自殺で長い間バスケを取り上げられているのだが、それは当然なのだろうか?
桜宮なんかつぶせと親は思っているかもしれないが、自殺にいたるまで生徒は部活を続けている。
そんなに大事なことだったんだろうか?
と、疑問に感じるだろう。

おいらには自殺した生徒もバスケはしたかったんだろうと思えてならない。
自殺は突発的にやっちゃったんだろうが、体罰とバスケが天秤にかかるほどの思いはあったんだろうと思うのだ。
おいらなら部活を辞める。それでも我慢できなければ学校を辞めるさ。だから生徒の動機なんかハッキリいってわからんよ。

生徒の気持ちがわかる不利をしている人は生徒がバスケを体罰を受けながらでも続けてきた理由を考えて欲しいんだ。
恐怖で学校も休めず続けたって見方もあるだろうし、もしかするととりあえずバスケだけは続けたいと理由かもしれない。

自殺する生徒がバスケが続けたいと思えたのなら「生きている生徒がバスケをやりたい、自分がやりたいスポーツを続けたいと望むことはおかしな話なのだろうか?
また、顧問に体罰を受けていようがいまいがではあるがいいときも悪いときも一緒だった先生方である。特に体罰に直接関わっていた先生ならなおのこと一緒に部活をしたいと言う生徒の気持ちも理解できるんじゃないんだろうか?

市長は駄目というが共に同じ目標に向かってきたある意味同士の関係でもある人を突き放せるわけがない。
伝統を市長は否定したが、実際に競技を行い実績を残したのは生徒である。
そんなことはおそらく誰もがわかることだが、市長はそれをも否定したのである。
それは桜宮の学生が長い時間をかけてきたことを否定したんですよ。

今回の件で結果的に責任は大人にあるんですよ。
市長は伝統の否定、そして断ち切るためにと言っている。

じゃあ世間の評価はどうだろう?
おいらが知る限り市長に反対と言う意見のほうが多い。(掲示板は別だが)

一時的に全教員を入れ替えたってそれで市長の目的は達成できるんでしょうか?
今回の市長のやりたいことってのはおいらが知る限りで少数派になる。
21日に市長は桜宮で説得したようだが生徒はその理由をまだ理解できずに居る。
そればかりか世間も市長に反対意見があることに市長は説得できていないのだ。
自分の意見を言い続け強引に進めているだけでしかない。

今回の件で指導者のあり方ってのが聞こえてくるが体罰をしない指導者が優秀とはいわれていない。
今回の問題の指導者は少なくても結果は残してきている。
一方で市長はどうなんだろう。
桜宮の生徒が納得する話はできなかった。
それどころか世間でも多くの人が反対意見を出している。
それを説得して市長がやりたいように進めているわけではない。

これって優秀な指導者とかけ離れた指導ではないんだろうか?

いつも書くことだが、市長は在校生を気遣った発言をほとんどしていないことも気になる。

大阪のことだからと放っておけないように感じているんだが文科省は大阪市立の話だからと腰を上げるつもりはないようだ。スポーツ団体も自治体の問題だと様子を見ているだけのようだ。
これで教育に関係する仕事をしていると言えるのかおいらには理解ができない。
メディアもこの件では多くを語らない。
これでいいのかと思う。


大阪は馬鹿
2013年01月22日 (火) | 編集 |
市長も自分の矛盾に気が付いていないのか?

体罰問題では学校や教育委員会の不手際を指摘しておきながら入試の実行を決める仕事を教育委員会がやるなんてのは大きな間違いだろう。

教育委員会は甘いという指摘を受けている状態でこの決定に臨むのでどうしても辛い判定によってしまうことが想像できる。
こういう状況ってのはまさに市長が望む方向でしかない。

読売オンラインでのアンケートは短い時間だったのかもしれないがおいらが見た時には賛成48、反対52だった。
昨日市長に反対 桜宮高校で検索した中にあったアンケートでは2万人を超える人が回答したもので6割が反対、賛成は半分の3割だった。
世間は反対のほうが多いのだ。

メディアでは報道されていないが読売オンラインでは女子生徒を名乗る人から私が死ねば在校生は救われる?という電話がコールセンターにあったという。しばらく放置されたと問題になっていたが、市長はいたずらはやめろといったようだ。
この件が2チャンネルにいけば 死ねばいい、どこまで馬鹿なんだ、庇ってちゃんか などという声に変わる。
(おいらも見るだけちゃんねらーだが、ハッキリ言って市長擁護にはつきあえず同様に反対の声も蹴散らされるんで反対意見はもはや書き込まない人が多いように思う)
おいらから見れば理解に苦しむ体罰からの自殺は人が死んでると取り上げ、市長に反対で死ぬと言えばキチガイ扱いなのだから所詮そのていどでしかものが見れないやからだろう。

自分の側にいなければ人の命などどうでもいいのだ。
自殺者に関しては攻撃相手を与えてくれた存在であるから聖人化しているようだが、自分たちは普段から人に死ね死ね書いているんだから脳みそが腐っているとしかいいようがない。

市長が普通化で対応に対し妥当な判断と口にしているが決定をした人たちはこれまで市長が罵倒してきたひとたちであることを忘れている。
自分が否定した人の決定を支持するってのは市長の言う改革も眉唾だということだろう。

やっぱりどこかおかしい。
2013年01月21日 (月) | 編集 |
桜宮の話だが、在校生のキャプテンが声を上げた様子がニュースでやっていた。

いらないコメントばかりするニュースのあとで古館が語ったのはじっくり話し合って。。だよ。
どこにじっくり話し合う時間があるというのだろう。

そもそも市長がこの話に出てきたときから残された在校生を気遣う言葉を耳にした記憶がない。

それがすべてだと思う。



いまさらだが橋下市長
2013年01月21日 (月) | 編集 |
教育委員会の決定を受け市長が語っている場面をニュースで見た。
詭弁だ。

部活をやりたいなどと言う声を教師用語とすべて決め付けた発言だ。
金村が同級生が野球部の指導をしているといい直接聞いたなかでは野球部では体罰はないと言っていた。
体罰をすべての教師が行っていたなら部活をやりたい その中でいままで同様顧問に教えてもらいたいというのは体罰をしてこなかった教師へは普通の反応だろう。
体罰をしていた教師とそうでない教師は違うのだ。同僚だろ、辞めるように止めなかった責任があるなどと言うのはおそらく間違いだろう。
一生懸命やればやるほどほかの人が何をどうしているかなど見えてこない話だろう。

それが体罰をした教師とそれ以外を区別することもなく、文科系の部活までいまは停止していると記事で見た。
文化部も自粛の対象であり生徒は体罰問題に関係なくても市長はひっくるめて悪者にしてしまった。
これが橋下話術なのだろう。

いつのまにか2チャンネルの中の馬鹿どもと同じで生徒や保護者が悪者にされているのである。

まぁいまさらやれることってのは当事者が橋下が間違っているとやることだけだろう。
裁判がいいだろう。間違っても自殺はしないで欲しい。
橋下なら自殺した生徒や親を悪く言いかねない。
そういう人なんだろう。
いやなら選挙で落とせと言ってるんだ。
リコールさせるもよし。
選挙で落とすもよしだ。

おいらが見た読売オンラインでは半数を超える人が市長に反対だった。(接戦ではあったが、掲示板を見て答えた人が多かったのだろう 掲示板は橋下支持の馬鹿が結構いるからね)。

やれることを考え応援したいと思う。。。。
頑張れ!



教育委員会が情けない
2013年01月21日 (月) | 編集 |
大阪の問題だが、教育委員会が一番情けない。

導き出した結果が普通科で募集ってなんやねん。

市長を恐れ、世間を恐れた結果ガこれとしか見えない。

今回の関係者あら堂堂と生徒の側に立てよ!


大阪の現状にはもはや言うことはない。
生徒の側で応援できることはするが、役所や役人には言う言葉がもうないよ。。。。

体罰の根絶などと市長を擁護する人がいるが
2013年01月21日 (月) | 編集 |
とんでもない話だろう。

体罰ってそもそもなんだ?

市長がやろうとしていることは教育か?

生徒が精神的に苦痛を感じているではないか?
しかも自殺した生徒同様になぜ自分たちがこんな仕打ちをされるか理解できていないだろう。
彼らが我慢すれば解決できるなんて考えは全く見当はずれだろう。
理由は単純だ。
やろうとしている市長が生徒の気持ちを分かっていないのだ。
これでいい方向になど行くものか。
2チャンネルなどの掲示板でも橋下擁護は沢山ある。反対意見もあるが、賛成しているやつらの書いている内容を見てみればいい。大阪は民度が低い、この状況で部活したいというやつらもバカだ、自殺に追い込んだ教師をうらめ、OBもバカ親もバカと書いているのだ。
2ちゃんねらーがバカと言っているのではない。あの中で卑劣な書き込みをしているバカを言っているのだ。
かれらは自殺や犯罪に関連する掲示板を禁止といえば真っ先に反対するだろう。
他人事だから攻撃できる相手に強気になっていられるのだ。

コールセンターに桜宮の生徒として私が自殺すれば在校生は救われる?という電話が入ったという。
ここでも不手際があったらしいが、肝心な市長は自分の発言に問題があるという自覚もなくいたずらは辞めてほしいと言っているらしい。
本当に人が死ななければわからないらしい。

個人的にはここ数日間でこの件は局面を迎えることになると想像する。
受験はすぐそこだ。

在校生の女子の確認はできたがゆえに市長はこういったのだろうが、受験を望んできた生徒へはどうなのだろう?
苦痛を感じているのは在校生だけではない。

人が死なないとわからない人間が今後教育に口を出せる環境を作るといっているのだから何が期待できるというのだ?
生徒からすれば体罰は桜宮だけかよ?なぜ私たちだけがこういう目に合わなければならないのか理解できまい。
市長が人が死んでるからといって理解させようとしているが無理な話だ。
大人が考えたってそもそも体罰で自殺から理解ができない話なのだから。
市長は死んだ子は可哀想と思っているのかもしれないが残った生徒は死んでないから可哀想ではないと思っているのだろう。だから我慢しろと言えるのだろう。
違うだろ?生きている生徒には同じような苦しみを与えないためにどうにかするべきじゃないのか?
それを年下の奴らがいい環境を手に入れれるまで待てというのだ。
しかも、とりあえず桜宮高校だけを対象にやろうというのだから在校生はたまったものではないだろう。
市立校全校を対象にやるのならまだしも。。。。

どんな手段を使っても市長と戦えばいい、だができれば自殺などしないで戦ってほしい。
理解してくれる親や大人はいる。バカにするやつらもいるがそんなのは気にすることはない。
何かのきっかけで態度などすぐに変える奴らでしかない。

市長は強気だが回りはそういう人ばかりではない。
そもそも市長ができるのは認可の印を突かないことしかない。
決定権は議会が持っているのだ。
市長がダメなら市議会を責めろ!

市長には民事訴訟でも起こせばいい。
精神的苦痛を受けたで十分だろう。短期決戦だ。
数日間が勝負だろう。
自体が動けば訴訟は取り消せばいい。

いまはほかの事件なども話題になっているがトップニュースにすればいいのだ。
教育者は基本的に生徒の味方になるだろう。メディアも基本的には生徒の味方だろう。

現状を批判したいだけの人間が市長を擁護するかもしれないが気にすることはない。
彼らは権力を攻撃したいだけでしかない。学生の気持ちなんか考えていないのだ。

それにしても、橋下市長は馬鹿なんだろうなぁ。
市長が維新の会の共同代表なんだろうが、トップ自ら騒動を起こして嫌われてくれるのだ・
政局を考えれば次の参議院選挙がどれほど大事か政治関係者ならわかっているだろう。
いま一番喜んでいるのが自民党だろうと思うよ。
墓穴を掘ってくれているんだから。
市長を支持する人の多くが基本的に自民など保守を支持していると思う中 支持があると思って強気になる市長は肝心な大阪で敵を作っているのだから馬鹿と言わざるを得ない。
支持してくれている奴らは選挙では維新には投票しない人が多数いることを忘れるべきではないだろう。
逆に支持してくれていた層で敵に回した人は少なくないだろう。

政治の話など本当はどうでもいいが、こういう話がないと動かない人が少なくないと思えるのが残念だ。
ついでにいえばスポーツ関係者らが体罰について物申すことは記事で見るが入試問題など生徒たちの今後についてコメントを出さないことが個人的には好ましくないと思う。
日本のスポーツを支えているのは学校教育の上にある部活の存在だろう。
ならば各競技の協会などがスポーツをやりたいという生徒の声に声を上げないことが不満だ。

以前ひるおびで金村が同級生が桜宮の野球部で教えていると言っていた。
野球部では体罰はないのかといえばないと答えたらしいが今回の金村の立場などは複雑だろう。
子供二人が体罰で部活を辞めているが子供のやりたいことを考えれば複雑なうえ、同級生が当の桜宮の指導者ではより複雑だろう。

個人的には本来はやるべきことってのは 体罰の是非を争ったり教育関係者の処分などを言い争うことではなく在校生が優先的に普通の生活に戻してあげることだろうと思うのだ。次に今後のためにどうするかを考えできることからやっていくしかないだろう。
ところが今やろうとしているのが関係者を締め上げることばかりに視点がいっているから在校生や入学希望者に我慢しろといっているのだろう。
子供に目がいかない人間が教育システムで物申せる立場にたったところで子供のためになるとは考えられない。
論理だけで問題がおこらないならそもそもでこんな問題など起きていないだろう。
したがって橋下がいうことが実践されたとしても根本的解決など夢の夢でしかない。

橋下にしても奥さんがおり子供も大勢いるらしいのだが、橋下の考えが理解でき支持できるのか全く不思議でならない。
橋下がしていたというラグビー、桜宮が強いのか弱いのか知らないがラグビーをやっていた人の発言と多くの人が受け取るのである。協会として発言があってもいいように思う。まぁすべての協会が声を上げるべきだと思うけどね。。。。

酷すぎる、橋下市長。
2013年01月21日 (月) | 編集 |
桜宮の生徒の悲痛な訴えも結局聞く耳をもたなかったらしい。

一般人はバカだからと話は聞かないんだろう。

自分がやろうとしていることが体罰と同じあと気づいていないのだ。
体罰と同じというより暴力と同じなんですがね。

地位があり予算を背景に圧力をかけているわけだし、そもそも生徒がいやがっていることをやろうとしているのである。しかも、短い高校生活を犠牲にしろと言い切っているのである。
チャンスはまたあるといっているのだが、高校生活は二度とない同じ瞬間は来ないのだ。それに市長が奪わなければチャンスはつぶれないだろう。(新人戦は自体かもしれないがその後は。。。)

体罰で生徒が自殺したのが今回の発端だが、顧問の教師も自殺するとは思わなかっただろう。
事件を知ったおいらでも体罰で死ぬかよ?と思うよ。部活を辞めるよなぁだ。
市長は生徒のためとタカをくくっているが受験生も影響を受けるし在校生も今後に大きくかかわる事態なわけで体罰が辛いどころではないだろう。
進学の希望が立たれたり大きく影響を受けることになるのだ。
それも仲間が自殺している在校生がさらにその仕打ちを受けるのだから言いようがない。
人の気持ちがわからないのだろう。

個人的にはもはや橋下氏は人としてダメだと思う。
教育に口をはさむべきではない。

この件では生徒の気持ちを絶対に守りたいと思う。

2ちゃんねらーなどが橋下擁護で盛り上がっている奴が結構いるが奴らはバカだから。
誰かを攻撃したいのだ。
いろいろ言うようなら問題が多い掲示板を無くせと言われれば奴らは大反対するだろと指摘するだけだ。
掲示板の影響で人が死んでるんだから市長を擁護する奴らは廃止に賛成するべきだろう。
しかも普段は死ね死ね書いてるやつらだし。。。。

どこが人のためなのだ?
結果からいえば悪い方へと進めているだけだろう。
市長がさも正論でもあるかのように自分の考えを口にしているが、その中で部活がしたいと言えば桜宮高校の生徒やOBまで悪者にされたりもするしきっかけを作ってしまった自殺した生徒は残った生徒のことを考えないバカと悪者に仕立て上げられるのだ。それは結局親にもつらいことになるだろう。
橋下はやってしまえばそれで済むかもしれないが自殺した生徒の親はその後も恨みを買い続けることになるだろう。
かかわった人全員を不幸にするだけである。
唯一喜ぶのはバカな2ちゃんねらーだけだろう、また勝ってしまった と言いたいだけの奴らだ。

もはや市長には声は届かないと知るべきだろう。
市議会銀など周りから攻めることやパワハラだと訴え出て実力行使をするしかないと思う。

読売オンラインによると入試は通常通りに行う方針だと教育委員会?の様子が書かれていたが、その方向に行ってほしいものだ。
予算は市長が印をおさないとというのはあるかもしれないが決定自体は議会で決めるのだろう。
市会議員に市長派は応援しないと声を上げるなりやるべきことをやるしかない。
おいらも自民・公明・みんなに加え維新の会にも市長の考えを否定するようにメールをした。
大阪市議会が否決すればいいのだから。
更に文科省にも大阪市に対し監督官庁として指導しろとメールもしている。


自殺して帰ってこない生徒を取り上げ環境が整うまで云々いう市長が大事なのは生徒ではなく自分がトップを務めている大阪市のメンツでしかないのだ。
だから二度目の間違いが起きないように万全を期したいのかもしれないが、大事なのは面子ではないだろう。
ついでにいえば桜宮に集中しているがほかの学校の体罰問題はどうなんだというところが抜けている。
体罰がよそでもあったならば桜宮に行なったことをまたやるのか?ということになる。

おいらは当初この問題に関心がなかったのでよく知らないがほかに体育科がある学校のことはすでに調べ終わっているのだろうか?
まぁ簡単な調査は終わっているのがふつうだろう。そして結果はないということだろう。
そりゃそうだ。教育委員会は問題の当事者でこれ以上の揉め事は望まない中で調査をしたのだろう。
大阪では桜宮しか体罰はないのだろう。。。。。

で、だれが信じるんだか。

まぁ入試まで短い時間しかないがやれることはやって生徒が普通に生活できるようにと考えたいよね。
部活も彼らには普通の生活の一部なんだよね。

個人的にはもはや彼に人の代弁者面はしてほしくないのでリコールなりの運動が起きてくれればこれ以上のことはないと思うんだが。。。。

佐々木監督が体罰を批判という記事を見た。
2013年01月21日 (月) | 編集 |
現役の指導者、それも協会の人間が語るのはどうかと思う。

理由は簡単だ。

サッカーの教育現場で完全にないと言い切れればいいが、そうでなければ足元を見ろというしかあるまい。
理想論ならば語ればいい。
サッカーはプロがありレベルが違えばクラブチームもある。
プロがありその下にもJFLや地域リーグがある組織だ。

教わる側もプロを意識している人も少なくないだろう。

佐々木監督はチャリティーなどで被災地の指導などにも参加していてやっていることは素晴らしいと思うが、そういう場では楽しめればいい程度のことだし、本来の指導の場では意識の高い選手ばかりを相手にしているのだ。
うまい選手もそうでない選手もいる学校教育の場とは違うだろう。
昨今の学校は入学希望者を得るためにスポーツに力を入れ結果が求められる指導者も少なくないわけで語ってほしくないというのが本音です。
現に弟は大昔だがサッカー部で顧問であり学年主任であった人間にむやみに体罰を受けていたのだ。
時代がどうこういうのは間違いでサッカーは指導者が増えて事もあり地方でも指導者がいるし地域格差もなくなったから教わる側の意識が高いし、またそういうところしか知らないのだろう。

知っていたとしてもほかの指導者の批判をしないでほしいものだ。
方法は間違っていたかもしれないが成果は上がっていた人なのだから。
これがサッカーの指導者ならそういうことを言えたかと思えばどうなのだろうと思う。

一般論で語ったのがメディアにこう取り上げられたなら謝るが指導するシテを考えない指導者がいるとは思えないのだ。プロの指導者ならいくら批判したっていいが。。。。
学校教育の中でプロっぽい人はいてもプロとは違うだろう。
指導する情熱がある人を批判して欲しくないのだ。

この記事通りだとすれば個人的に佐々木監督は結果を出している人かもしれないが残念な気がします。

桜宮高校への市長の対応の是非を問う
2013年01月20日 (日) | 編集 |
読売オンラインでイエス・ノー形式でアンケートがあった。
不思議なことに若干ノーが多いぐらいでしかない。

おいらには理解ができない。
残った生徒のことを考えろは詭弁だという人までいる。
根本からやり直さなければダメだという人もいる。

おいらにはどうしてそれに伴う犠牲を子供に押し付けるのかが理解できない。
社会人に一年我慢しろというのならいいが高校生活は36か月弱しかない。
その年齢でやれるチャンスは1回しかないのだ。

まぁこういったアンケートでは掲示板などに書き込んでいる人が大量に押しかけ自分たちの理屈でアンケート結果を捻じ曲げるものだがこういった部分でもそういう傾向はあるのだろうと思う。

2チャンネルでこの関連を見てみるといい。
子供に普段の生活(部活がある生活)をさせたいといえば人が死んでるんだぞ!でかたづけ 教師をかばおうものならバカは死ななきゃ治らないだとか酷いものだと桜宮の生徒全体を暴力容認の殺人者ぐらいに書いている人までいる。

2チャンネルを使って自殺者が集まって死んだり、違法な薬の取引の温床になったりと問題が発覚しているのだから、彼らの言い分をそのまま受け止めれば掲示板など廃止にしても彼らは文句はいわないのだろうか?
おそらくは全く逆の対応をするだろう。

少なくても桜宮に関しては市長がするべきことってのは普通に粛々と改革をすることだろう。
注目が集まっている今敢えて体罰指導を行う教師もいないだろう、大人の都合で環境が整うまでなどといえば高校生活を行う子供たちには待てないのだ。
大人の責任で今高校生活を送っているもの、これから高校生活を送ろうとするものを見守ってやることが求められるように思う。
そのためにやるべきことは注意を払うことで入試を辞めることではない。
今後に環境が整うのであれば今整えるしかないだろう。
時間がかかるのであればできることから今すぎ始めればいいのだ。

大人の時間と子供の時間は違うのだ。

掲示板が犯罪に使われたとか自殺にかかわったなどいくつも問題として指摘されているのだから掲示板禁止と言ってみればいい。
こぞって奴らは反対をすることだろう。人が死んでるんだぞ!と同じ言葉をいったところで死んだ奴が悪いぐらいにしか言うまい。

市長がやっていることは仲間を失った子供たちに対し更に鞭打つ行為でしかないと言いたい。



2チャンネル 相変わらずだねぇ。。。
2013年01月19日 (土) | 編集 |
桜宮の自殺に関する件で受験生が掲示板に悲痛の叫びを書いたらしいのだが、それに対して2ちゃんねらーは橋下擁護ばかりが目立つ。
人が死んでるねんぞ!ですまし部活?人間じゃねぇという意見ばかりが目立つ。
たまに批判があっても人が死んでるねんぞ!という言葉で撃退している。

彼らは当事者でないし離れたところから正論だけで言いたいことをいっているだけで そのことで憂さ晴らしでもしているのだろう。

そもそもネットの掲示板など自殺板では仲間を集め自殺したり自殺幇助などもあったわけだし違法薬品の売買や犯罪仲間を集めて殺人事件に至ったケースもあった、秋葉原無差別殺人でも行動がネットに流されていたりしたし掲示板がイジメの温床であったりもしている。
悪いことを上げればいくらでも出てきそうな勢いだが、橋下市長が掲示板禁止!とやったら彼らが真っ先にはんたいするだろうよ。そこでは人が死んでるねんぞ!は通じないだろう。

おそらくだが彼らは自殺した生徒を守るとかそういうこととは関係がなく体罰を与えた教師、見て見ぬふりをした学校、なにもかも学校任せにした教育委員会などの不手際を攻撃できればそれでいいのだろう。
その証拠が桜宮に残った生徒や受験を控えた生徒への反応が表わしていると思う。
そんな学校に行きたいの?バカだなぁぐらいの発言や恨むなら体罰教師を恨め!などである。
自殺した生徒を含め生徒への感情などどうでもいいのである。

夜回り先生も残った生徒への対応を最優先でと市長を批判しているが本当にその通りだろう。

おいらは市長の対応は田中真紀子大臣のときの許認可問題と同じようだと書いたが本当はさらに悪いのだろう。
生徒が自殺したことに発したわけで何より優先されるのは生徒の安全安心だろう。
ところが市長はいつのまにか残った生徒のそれよりも教育環境が目的に変わってしまっているのだ。
そのために生徒に我慢を強要している。

田中大臣の許認可の際には2ちゃんねらーも大臣の発言の犠牲になる側を擁護していたが、今回は生徒の安全安心よりも攻撃できる相手や市長と同じく環境づくりを優先するほうへ気持ちが向いているのだ。
所詮彼らは擁護したりするより攻撃することのほうが好きなんだろう。
イジメっ子と同様の心理だろう。
死ねと言い続け、相手が死んだら冗談が通じないですませる輩なのだろう。

環境が整うまで体育科の入試は行わないは間違いだ!
大人の時間で物事を見てはいけない。やれることをやりながら子供たちへ影響がないようにやることが大事なのだ。
守るべきものを市長は見誤っていると思う。

そして2ちゃんねらーは相変わらずだ。
おそらく反対意見があの中に少ないのは相手にするのが無駄だと思っているのだろう。
テレビで誰かが掲示板禁止とでもいうしかこの流れは止まらないのだろうかと思う。

橋下市長が嫌なら選挙で落とせと言ったらしいが
2013年01月19日 (土) | 編集 |
選挙までまてないように思う。

入試をやめる発言でのことだ。

とんでもない。
そんな時間はないだろう。

おいらは大分に住んでいるので直接の行動など取れないが、市長ならリコールもできるがそれでも時間は掛かりすぎるだろう。
入試を中止にしたくないならおそらく可能だろうと思うが予算を口にしていることからパワハラで訴えればいいと思うね。
本来議会の決定がなければ予算は決まらないだろうから市長が口にしたってそれだけではできないのだが。
それも議会で議論を重ねなければならない問題のはずだが。
市長の場合、大阪維新の会の代表なのだろう(辞めているかもしれないが影響力は大きいはずだ)、ならば決定権に大きく関わる力があるわけだ。
議論もないまま口にしているのだ。パワーハラスメントといえるのではないだろうか?
少なくても受験を控える生徒には悪影響が出るのは間違いなく、それこそ高校に落ちたら市長の発言でショックを受けたといえば民事で慰謝料ぐらい請求したって罰は当たらないだろう。
それぐらい影響力がある発言だろう。
これなら訴えるのに人数も要らない。

訴えれば知名度があるだけにメディアが大きく取り上げる。
それだけで十分に圧力になるだろう。

おいらは大分の人間で桜宮を受験する子供もいないし通っている生徒もいないので実行は出来ない。
市長の言っていることが正論で正しいと思えば訴える人もいないだろうから過激な発言として書けるのだが。

ちなみに市長がやろうとしていることってのは個人的にだが、暴力ではないが体罰に思えて仕方がないのだ。
権力を背景に部活をしたいとか、桜宮に入学したいという生徒への罰(一年以上前に声を上げれば違うのかもしれないがこの時期に言えば十分そういえるんじゃないかと思うのだ)でしかにように思えるのだ。
市長はよかれと思っているのだろうから体罰ではないというだろうが、あってはならないことだが 目標にしていたのに入学できないとか部活で大学に行きたいのに、プロを目指しているのに練習できない などと将来設計に不利益を感じ自殺者でもでればどう責任を取るというのだろう?
おいらには部活をためれば済む問題で自殺してしまう生徒がいるのだ、市長の発言は問題ないと思っていても行動は人それぞれだろう。
個人的には市長の発言に涙した人がいればそれだけでも十分愚かしい発言だと思うね。
受験生は特に敏感だろうから勉強に身が入らないと言う原因になることだけでも大いに問題だと思うのだ。

橋下市長は速やかに発言を撤回するべきだと思う。
少なくても自殺した生徒は帰ってこないが桜宮に残っている生徒や目指している生徒へのケアに全力を挙げるべきで学校や教育委員会はやれることからやって一日でも早く生徒が普通の生活に戻れることを最優先するべきだろう。方向さえ示せば改革は学校生活の中でだっていいと思うのだ。
今後入学する生徒のためにいま桜宮にいる生徒、今年入学を希望する生徒を見殺しにする市長の考えは全く間違っていると思う!


橋下市長はおかしい!
2013年01月17日 (木) | 編集 |
仲間が死んだのだからいま何をするべきか考えるべき、うまくなるかもしれないが人間として駄目だと部活再会を求める生徒に向けメッセージをだしたと書かれている。

おかしいだろ、と思う。
市長は体罰で自殺する生徒のことを理解できるのか?と聞きたい。
多くの人が教師と会わない事などで部活を辞めることはわかる。しかし、部活の体罰ごときで死ぬやつのことは理解できない、とおいらは言いたい。

人が死んだ事実はあるが それはほかの在校生のせいなんだろうか?在校生にも問題があるのならば死なせた親にも責任があるといえるだろう。

市長がするべきことは違うだろ?
市長のやり方が嫌だからと言って誰かが死ねばその責任は取れるのか?と問いたい。
普通は市長のやり方が嫌だからといって死なないだろ?
体罰が嫌なら逃げればいいじゃないか。知恵があれば誰でも考え付くことだ。

いま市長のやっていることは残った生徒に自殺した人間を悪者に仕立てていることでしかないだろう。
そうでないと言うのなら時間をかけずに環境を整えろというしかない。
子供を大人の都合で我慢させるなと言いたい。

いい環境が出来るまで待てというのならテレビ番組で行われるパワハラや罰ゲームもなんとかしろよ、教育によくないだろ、どつき漫才などもってのほかだろう。
一人でも真似するやつが出たら駄目だろうが。。。

普通はまねしないんだよ。
そう普通は自殺しなんだよ。
辞めればいいんだから。理解しろというほうが難しい。
スポーツで食っていける人などごく僅かだろう。

橋下氏は子供を思ってと言っているが残った生徒は自殺した生徒とは違うのだと言うことを理解するべきだ。その上で環境が悪いなら環境が整うまで待てとどれほどの時間待てばいいかも伝えずに我慢しろといっているのだ。理不尽でしかない。
高校生活など実質36ヶ月もないのである。
残った生徒のことも考えて欲しいとしか言いようがない。

橋下氏への不満は自殺した生徒に向くかもしれず市長の判断は間違いだとしか言いようがない。環境が変わるのに時間がかかるなら整うまでにできる方法で不満を取り除く努力をして欲しいと思う。

掲示板が犯罪に使われたり自殺を助長する手段になっているからと掲示板が禁止されたらどう思うか考えてみればいい。掲示板で死ねといわれて自殺するやつがいれば禁止だよ、正当な理由だろう。
それで納得がいくのかと聞きたい。
人が死んでるんだぞ、楽しいかもしれないが人として駄目だといわれるんだぞ?理解して掲示板に張り付かないで居られるかという話だ。

今回だって辞めればいいだけなのに死ぬやつが悪いと言われるよ絶対にだ。
残った生徒だって短い時間なら視聴が言わんとすることだって理解できるがいまの状況は何時まで我慢すればいいのかわからない状態でしかない。
その上来年の受験も取りやめにとまで言っている、今学校に居る生徒ガ受ける衝撃も半端ではないだろう。

自殺した生徒のために掲示板やめれるか?アニメやめれるのか?と市長が正しいという人に聞きたいよ。
毎日のように酒を飲んでる人に人が死んだから酒を慎め いつまでかわからないがといって我慢できるのかって話だ。
高校生活は36ヶ月足らずしかないことも大人は忘れていないだろうか?と思う。社会人の一年とは違うのだ。
許認可取り消しの田中大臣がやったように正論だが手段が違うというのと一緒だよ。

亡くなった人が生き返るわけでもなく大事なのは残った生徒だろと言いたいのだ。
大人の都合で環境が整うまで待てってのも違う。出来ることからやれよということだ。

どうかしてるぜ!
2013年01月17日 (木) | 編集 |
いつ見たって桜宮の自殺関連のスレッドでは自殺してるねんで!人が死んだんだからという意見ばっかしだ。

暴力>自殺は確かにそうだが、よく考えてほしいのは多くの人が暴力>自殺にならないということだ。
多くの場合はおそらくは暴力>退部だろう。
今回の場合 確かに教師の暴力や学校、教育関係者への批判は当然あってしかるべきではあるが、本来一番問題にするべきはなぜ暴力>自殺という経路に至ったかであるはずだ。
逃げ場がない状態と本人は感じたかもしれないがBチームでもキャプテンを辞める・部活自体を辞める・倍によっては転校するまで手段はいくらでもあるだろう。
そこまで行く過程だって部活を休むという手段だってあったかもしれない。キャプテンだから休めないと考える頭があったとして自殺した後のことが考えられないのは結果的にどこかがふつうの人の考えとは違ったということだろう。
直前に教師と話もしており、キャプテンを降りる話に対しBチームに落とすと言われ結果的に本人がキャプテンを続けると答えているのだ。周りからすればこの時点で違和感を感じるだろう。

さらに違和感を感じるのが橋下市長の対応だ。
ここにきて入試の中止などを打ち出している。
そうでなくても運動系の部活が全中止とか異常だろう。
自身が運動部(ラグビー部らしいが)にいたようだが、ほかのクラブで起こった問題で部活動停止とか当事者の気持ちを無視した独裁だろう。
まるで2ちゃんねらーの意見のごとく人が死んでるということで全てこうでなければならないという決めつけをしてしまっているのだ。

2ちゃんねらーだと彼らが好みそうなアニメを見て自殺者がでてそのアニメが放送中止になっただけで切れる奴らだと思うが今回のケースはその影響で全てのアニメが放送中止にするといっているようなものだろう。
それでも人が死んでるねんで!といって受け入れれるのか?と問いたくなる。

ケースが違いすぎるという人もいるかもしれないが、そんなことはわかっている。
彼らが当事者になるケースを想像したにすぎない。
2ちゃんねるなどの掲示板に影響を受けたというケースでは秋葉原の無差別殺人があったが、知事がしていることは事件があったので掲示板すべてを禁止すると言っているようなものだろう。
掲示板なら無差別殺人以外にも中傷記事で自殺した人も少なくないことを考えれば部活中止よりはよっぽど掲示板禁止のほうが妥当性が高いとすらいえるんじゃないだろうか。
さらにいえば死ねなどという言葉が飛び交い、それこそ死んだら冗談だったのにぐらい言う輩がこういう場で意見をしているとまでいえるんじゃないだろうか。

田中真紀子大臣のもとで許認可で新規大学を認めないという話の際には受験を目指していた学生に同情できても不祥事があった学校に入学希望していた学生の夢はどうでもいいというのが彼らだろう。
市長も同程度でしかないと思う。自分の立場でより人に受けるだろう方法を独善的に決めつけそれを実行しようとしているだけだろう。
そこに自殺した学校に通うほかの生徒への配慮などがまるで感じられないし、そこを受験しようとしていた生徒への愛情も感じられない。
大人の意見が正しいんだというのならまだしも、彼のやり方は私の考えが正しいんだだから始末に悪い。
大人の意見というのなら教師を擁護する意見なども考慮されなければいけないし、受験を目指した生徒の親やほかの部活をしている生徒の親の意見も考慮されるべきだがそういうことではないのだから。。。。

正論かもしれないがやり方に問題があるという点では田中真紀子と何ら違わないだろう。

市長になったあたりから橋下氏は自分のことを顧みず他人を否定する発言をしまくっている。
広島市長だか県知事には現実を見ろといいながら自分の竹島共同管理などは じゃあ市長は韓国に共同管理を認めさせる自信はあるのかと問いただしたくなったし(本人はできるというかもしれないが無理だろう)、今回の伝統は間違いと全否定だが、全国大会常連校という実績は実績で残るのだ。
ついでに一応言っておくが結果を残す指導者は市長が否定しようが認める人は認めるだろう。
価値観などにとによって違うのだ。
そこには他人が死のうが自分は違う、自分の子供は違うという意識が存在すると思うぞ。
裏付けるように指導生活18年?の中で自殺したのは今回の一人だけだという結果があるだろう。反面で大学や社会人でかつやくする、した教え子は少なくないだろう。
方法は間違いがあったかもしれないが、教えた内容で結果はついてきたことは実績が証明しているのだ。
そのことだけは言っておきたい。

極端に走ってしまった生徒だが、日ごろの彼の訴えに対し親も教師に声をかけたりしているわけで親なりに努力はしていたと思う。残念なことに本人がBチーム落ちや退部などほかの手段に訴えなかったのが惜しまれると思う。

桑田がいう退部することでスポーツ界にとっての損失というが、仮にスポーツ界にのこったからどうだということまで聞いてみたい気がする。いっちゃなんだが、残ったってそういう選手がプロになって活躍するなんてことはほとんどないと思うし経験上辞めたところでそのスポーツを嫌いになる人も少ないと思うがどうだろう。
ついでに言えば大学までは同好会などで体育会と違う形でスポーツって楽しめるがそれ以後は楽しむほどの施設などの環境がこの国には多くないことも付け加えたい。
厳しい指導に耐えて努力した人間でも高校から上に進む時点で大きく競技人口を減らし社会人になるときにまた減らすのが実情だ。加えて屋根宝協議が嫌いになる人もおそらくは少ないと思えば桑田の言うスポーツにとっての損失とは実際にどういうことか聞いてみたいと思う。プロにまでいった選手でさえ一軍で活躍し名を遺して辞める人より名を残せずに辞める人のほうが多いのではないかと思えばわかると思う。

一人の生徒が亡くなったことは重く受け止める必要があると思うが現在そこに通う生徒の夢を奪うほどのことにしてはいけないと思うのだ。

こういうときだからこそ市長がするべきことは違う方法があると思う。
現状の顧問のもとで部活がダメだという判断なら各競技の団体から指導者を派遣してもらって指導するなどという方法を試みるべきではないかと思うのだ。教師の入れ替えはしたいならすればいいが、生徒への負担は筋違うだろう。
ついでに伝統の否定は競技で成果を上げた生徒も否定することであり、それは間違っていると思う。指導方法で優劣を決めるものなら伝統の否定も結構だが競技の結果は生徒の努力の賜物だろう。そこを否定する権利は市長といえどもないと思う。

誇るべき漆器なんだね。。。
2013年01月15日 (火) | 編集 |
チャンネルを変えている際にNHKのBSの番組で漆器を扱っているのに目が留まった。

古いヨーロッパで日本の漆器が当時の王侯貴族に流行ったというものだった。
宣教師が日本で見つけ故郷の教会に送ったりしたものが今でも残っているという話から17世紀に流行しお金持ちのステータスとして流行したという話になっていった。

なかでもオーストリアのマリア・テレジアがダイアモンドより愛し娘のマリー・アントワネットが守ったという蒔絵の数々などの話もでてきた。フランス革命のころに出入りの業者に持ち出させたことで当時のほかの宝物と違い残されたというものだった。
また、ほかにも各地のお城に残された蒔絵の数々も紹介されている。

当時、漆器の黒がヨーロッパにはなく漆の黒を求めて新しい黒を求める動きが起こったという話が紹介され その流れで今のピアノの標準的な黒が残っているという話まで紹介されている。

専門家がスタジオで話した中に作者がわからない蒔絵が人々の心をとらえたもので今日のような作者がだれだれだからと受け入れられるものと違って作品そのものの素晴らしさが認められたものでそこが素晴らしいという話や、日本では西洋に学べという風潮があるが これからは日本の素晴らしい文化についてもっと教えるべきだとも語っていた。

確かにそういうものが必要な気もする。

蒔絵もそうだが、かのゴッホも浮世絵に感銘を受け技法を取り入れたりもしているわけで、芸術だけでなく日本の伝統的なものってのは今日でも世界に求められているものはたくさんあるだろう。
刃物などの文化もそうだろうし西洋の文化に触れたのちには食器や時計などでも本場を追い越したかのような進歩を遂げているのではないかと思う。
テレビ番組などでも取り上げられているが日本の昔ながらの刷毛なども世界中で愛用者がいたりするし鐘だってガウディの作った屋敷から盗まれたものの後に採用されてつけられている。

そんなことは別にして蒔絵ってのは庶民には無縁なものかもしれないがとりあえず素晴らしいものなのだろう。
もう少し国としても海外に向け売り込んでいい文化のように思えた。

またひとつ日本が誇れるものを教えてもらったようにも思えちょっとうれしいおいらがいる。